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『わたしが一番きれいだったとき』感想|戦中・戦後を生きた茨木のり子から今を生きるあなたへ贈るメッセージ

みなさん、一生のうちで一番輝かしかった年代とはいつ頃でしょうか?

10代?20代?30代?それとも40代?

いいや、私の人生はずーっと輝いている!という人もいるでしょう。

この詩集は作者、茨木のり子さんが10代の頃の戦争体験を題材に、現代の若い女性でも手にとりやすいようにと「若い女性」の代表として、女優・多部未華子さんが起用された写真詩集です。

なにげない生活の一部を美しく切り取った写真とともに綴られる言葉は、作者が他界した今でも変わらず、新しいメッセージとなって読者に響くことでしょう。

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『わたしが一番きれいだったとき』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトルわたしが一番きれいだったとき
著者茨木のり子
出版社毎日コミュニケーションズ
出版日2010年2月17日
ジャンル写真詩集

この詩集は茨木のり子さんが他界して4年、甥の宮崎治が出版社より詩と写真のコラボレーションという、今までにないスタイルの詩集発刊の打診を受け、作成されたものです。

  • 「わたしが一番きれいだったとき」
  • 「汲むーY・Yにー」
  • 「自分の感受性くらい」
  • 「みずうみ」
  • 「知名」

の5篇で構成されています。

『わたしが一番きれいだったとき』のあらすじ

今これを読んでいるかたで、戦争経験者だという人は少ないとおもいます。

もし自分が経験者だったらと想像したことはあっても、体験したかたの胸の内まで知る機会は少ないでしょう。

この詩集には若い女性の素直な想いと葛藤が込められています。

奪われた一番きれいなとき

この詩集は作品のタイトルにもなっている「わたしが一番きれいだったとき」の一編から始まります。

現代であれば恋をしたり友達と遊んだり青春を謳歌する10代。

戦時下、目の当たりにした人々の生きざま、変わりはてた街、そして茨木のり子さん自身の様子が描かれています。

戦争さえなければ普通の女の子として楽しんだすべてのことが、戦争によってどう奪われていったのか作者の目線になってリアルに感じることでしょう。

初々しさが大切なの人に対しても世の中に対しても

これは「汲むーY・Yにー」の一節。

Y・Yとは日本の新劇女優・朗読家の山本安英のことで、茨木のり子さんが少女時代、山本安江に言われたことを題材にした詩が「汲むーY・Yにー」です。

その頃

「大人になるということはすれっからしになることだと思い込んでいた」

という作者の考えを見透かしたように

「人間はいつまでも初々しさが大切なの」

と諭してくれた山本安英。

そのことが、少女の目線と大人になってからの目線で綴られています。

今も昔も変わらない悩みを持つ女性へのメッセージに、言葉の力を感じることでしょう。

自分の感受性くらい自分で守ればかものよ

この一編を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか?

これは茨木のり子さんの代表作とも言える「自分の感受性くらい」という詩の一編です。

大人になればなるほど知恵がつき、都合が悪ければ誰かのせいにするのもうまくなっていく・・・

そんな自分に喝を入れてくれてくれるかのごとく降りかかる言葉たちは、厳しくも読者の心に明かりを灯してくれます。

作者は生前、

「自分が育てた野菜を、売り手として手渡すように詩を書きたい」

と語っていたそうです。

その願い通り、この詩集はその野菜を受け取った私たちの栄養となり、生きる活力を与えてくれるでしょう。

『わたしが一番きれいだったとき』を読んだ感想

まず思ったことは写真と詩のバランスがよく、とても読みやすいということです。

戦争のことや、人の醜い部分、自分にも当てはまるどうしようもない様が描かれているのに、さらさらと読めてしまいます。

モデルをつとめる多部未華子さんと詩がとてもマッチしており、重苦しくならず新しさを感じました。

とんでもないところから青空なんかが見えたりした

詩集の冒頭に書かれているこの一節を読んだ時、自分もそこにいるような感覚になり、この一節だけで戦争がどういうものだったのかを表していると思いました。

そして、とんでもないところから「空」が見えた、ではなく「青空」というところに、

綺麗な空に反比例する悲しみを感じ、青空の下で普通の暮らしさえできずに過ぎていく

10代の茨木のり子さんの心の叫びを感じました。

頼りない生牡蠣のような感受性

茨木のり子さんの詩は誰にでもわかりやすい表現で書かれています。

「生牡蠣のような感受性」

これは「自分の感受性くらい」の一節、これをを見ればプツンと箸でつつけば破れてしまいそうな弱い感受性を誰にでも想像できると思います。

「わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった」

「わたしが一番きれいだったとき」のこの一節からは、おしゃれすら自由にできない世界にいた作者の悲しみと心の叫びを強く感じました。

わかりやすく淡々と書かれているからこそ、この詩の中にどれほどの悲しみが隠れているのだろう。とより深く詩を理解しようとするきっかけになりました。

おしゃれでみずみずしい表現

「田沢湖のように深く青い湖をかくし持っているひと 人間の魅力とは多分その湖のあたりから発する霧だ」

と心を「湖」、そこから湧き出る魅力を「霧」と表現するあたりに、おしゃれでみずみずしい茨木のり子さんの表現力を感じました。

目で見て写真を楽しみ、ゆっくり言葉にして読みたくなる詩集です。

『わたしが一番きれいだったとき』はどんな人におすすめ?

この詩集は一言で言うと、とても美しい詩集です。

詩とともに数枚写真が載せられている詩集は見かけますが、この詩集は詩一編に対して10ページ程の写真が載せられ、写真集を見るようにすらすらと読めてしまいます。

特に以下のような人におすすめです。

  • 詩集を読んだことがない人
  • 戦争を知らない、または苦手な人
  • 写真が好きな人

本は読むことはあっても、なかなか詩集を読む機会は少ないかもしれません。

いざ詩集を読むぞ!と意気込んでも、どれから読んでもいいか迷ってしまうのではないでしょうか。

この詩集は詩と写真がほぼ半分づつの割合で、詩集が初めての方でも抵抗なく読むことができます。

戦争の話や映画はリアルで苦手というかたも、生々しく戦争を伝えるものではなく、戦時下一人の女性が感じた素直な気持ちを感じることで、戦争を知るきっかけになります。

花や空など自然たっぷりの写真、多部未華子さんの凛とした表情の数々とともに、少しの間茨木のり子さんの世界に浸ってみるのはいかがでしょうか?

おわりに

私がこの詩集に出会ったのは社会人になって少したった頃でした。

茨木のり子さんの詩の何編かを読んだことがあるくらいで、何歳くらいの方なのかも知りませんでした。

もともと詩集は好きで、何か心の栄養になるような本はないかと立ち寄った本屋で、ふと「わたしが一番きれいだったとき」という題名が気になり手に取りました。

開いてみると、多部未華子さんの表情や、普段は焦点の当たらない、落ち葉や食べかけのフルーツ、脱ぎ捨てた靴など、なにげない生活感のある写真が詩と妙にマッチしていて、言いようのない安心感を得ました。

購入してから10年ほど経ち、表紙は色あせてしまいましたが、開くと今でも茨木のり子さんの新鮮でみずみずしい詩が溢れてきます。

当時はそれほど理解できなかった「汲むーY・Yにー」という詩を時々読んでは、前よりわかったような気になり、少しは大人になったなか?と思ったりしています・・・。

何年経っても変わらず、今のあなたに最高のメッセージを届けてくれる茨木のり子さん、

今は亡き作者の想いを、ひっそりと汲んでみてはいかがでしょうか。

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