加賀様は鬼だ、悪霊だ。この丸海藩にあらゆる厄災を運んでくる。
今回紹介するのは宮部みゆきさんの時代小説『孤宿の人』です。
宮部みゆきさんと聞くとミステリー作家のイメージの方が強い人もいるかもしれません。
しかしミステリーとはまた違う人間の恐ろしさにゾッとし、あたたかさにほろりとしてしまうような、そんなとても読みごたえのある素敵な時代小説を何冊も書かれています。
今作品も恐ろしさとあたたかさが溢れるほどに詰まった、読んだ人の心に心地よい重みを残してくれるような作品となっており、宮部みゆきさんのファンは必見の作品です。
新潮社
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『孤宿の人』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 孤宿の人 |
著者 | 宮部みゆき |
出版社 | 新潮社 |
出版日 | 2009年12月01日 |
ジャンル | 時代小説 |
今作品は実在する場所や人物がモデルになっていると言われています。
舞台となる丸海藩は現在の香川県丸亀市、加賀様は天保の改革で妖怪と呼ばれ、丸亀藩に流刑の罪となった鳥居耀蔵さんです。
作中何度も出てくる海は瀬戸内海をイメージして読んでいただけると、より『孤宿の人』の世界に没入できますよ。
『孤宿の人』のあらすじ
主要人物は以下の2人です。
- ほう:9歳の孤児。教育を受けておらず、”ほう”の名は阿呆の”ほう”とされている
- 宇佐:17歳の女引手。正義感が強く、頭も勘も良い。
この二人の少女を中心に物語は展開していきます。
大まかなあらすじを説明します。
最初の悪事
物語の始まりは、孤児の“ほう”が金毘羅詣りに出される途中で丸海藩に置いてけぼりにされ、井上家で奉公をすることになるところからです。
平和な暮らしでしたが長くは続かず、ある日慕っていた井上家の娘琴江が友人の美祢に殺されてしまいます。
毒殺であることも明らかでしたが、大人たちは口をそろえて心臓発作で亡くなったことにしました。
その理由は、近々江戸からの流刑人である加賀様を丸海藩が引き取ることになっていたためです。
罪人とはいえ幕府からの預かりものであったことから、悪事が伝わり藩が咎められてしまうことを避けるため、隠さなければならないという事情がありました。
そんな事情は分からず悲しみ苦しむ”ほう”。見かねた引手の宇佐が”ほう”を引き取ります。
不穏な日々
二人でつつましくもホッとする日々を過ごしたのも束の間。
”ほう”は加賀様のお屋敷の下女として引き取られることになります。
知恵もなく身寄りのない”ほう”なら、祟りがあろうと何があろうと問題ないと考えられたためです。
引手の宇佐は”ほう”を心配しながらも、事件が起こっても不幸な事故や病気として片付けられ、すべては加賀様の祟りだと不安が広がる丸海藩を精いっぱい守っていました。
しかし親分の子供が加賀様の屋敷に忍び込んでしまい、罰として処刑されたことをきっかけに、引手の仕事を追われてしまいます。
その後は人の良い和尚さんに引き取られ、お救い寺に勤めることになります。
限界
下女としての仕事を一生懸命こなす”ほう”。
ある日屋敷を襲った刺客に驚き床下に逃げ込んだ際に加賀様と対面し、そのまま加賀様のご要望で手習いを受けることになりました。
鬼だと聞いていた加賀様に最初は怯えますが、穏やかに真剣に手習いをしてくれる様子に混乱し、次第に信頼を寄せるようになります。
数の数え方や暦の読み方を理解してきた”ほう”に、加賀様は方角の“方”という名を与えます。
そんな穏やかな時間を過ごす”ほう”とは裏腹に、藩では加賀様の祟りを隠れ蓑に悪事がはびこり、不安と鬱憤から限界が近づいていました。
例年以上に雷害もひどく、ある日丸海藩を守っているとされる神社が雷で焼けてしまったことをきっかけに、村人の動揺は抑えきれないものとなります。
些細なことから争いが生まれ、暴動は藩全体に広がり、死者負傷者の出る大変な騒ぎが起こってしまいました。
最後の悪事
罪人として流されてきた加賀様は、実は犯していない罪を被らざるを得なかった、心優しく悲しい人でした。
加賀様自身が死に場所を求めていたこと、藩としてもお守りする役目は重すぎたことから、新たな丸海藩の守り神として神格化させる計画がたてられます。
大雷害が予想される日、屋敷に雷を呼ぶことで自分を暗殺しようとしていることに気が付いた加賀様は、”ほう”を奉公から解き、屋敷から逃げるように伝えます。
計画は成功し、屋敷は燃え、加賀様は亡くなりました。
井上家に再度引き取られた”ほう”に届いた加賀様からの預かりもの。それは加賀様が書いた“宝”の文字でした。
『孤宿の人』を読んだ感想
最後宇佐は、暴動に巻き込まれた人々を救うため雷に打たれ亡くなります。二人が幸せに暮らす未来を信じて疑っていなかったので、悲しくまた衝撃的でした。
登場人物それぞれに魅力があり、世界観も丁寧に作られているため、これまでに読んだどの宮部みゆきさんの作品よりも読み応えがありました。読後感の切なさとあたたかさがたまらない作品です。
感想を大きく3点にまとめていきます。
人間の愚かさ
今ならどんな悪いことをしてもなかったことにしてもらえる。
そんな状況になったとき、自分ならどうするでしょうか。何もしないと自信を持って言える人はいるのでしょうか。
美祢を先頭に、様々な人間の思惑が権力に任せて好き勝手蔓延ります。
人間の愚かしさと弱さこんなにも丁寧に豊富に描かれた作品を読むのは初めてでした。
これをどこかフィクションだと感じることができるほど平和な生活を送れていることに感謝しつつ、いつ自分が人間の怨恨に巻き込まれるかはわからないことを感じます。人間ってこんなにも怖い生き物なのですね。
一矢報いた渡部の行動は、個人的にはよくやった!と思ってしまいましたが、褒められたものではないことは確かです。
ああいった事態でも心乱さず、周りを思い救いの手を差し伸べる和尚さんや宇佐のような人になりたいと強く思います
呆・方・宝
この作品は”ほう”の成長の物語とも言えます。
最初はなにも分からず、ただ一生懸命言われたとおりに働く子でした。なにわからないなりに、周りへの感謝は忘れず、まっすぐにひたむきに生き抜く姿は胸に迫るものがあります。
次々に襲い掛かる異様な状況にも負けず、最後は信じるべき相手を自分で選び、加賀様の言いつけを守って行動に移すほど成長した”ほう”。
あまりにも多くの命が失われ、大切なものが踏みつけられた今作品で、”ほう”の純粋さと成長だけにはあたたかな光がともっています。
また、”ほう”は人を映す鏡です。
良い人はより良く、悪い人はその汚れた部分が顕著に映し出されます。
そのため”ほう”の成長だけではなく、”ほう”と接している人がどう動くのかといった点にも読みごたえを感じました。
あの状況で良心を無くさず、”ほう”を守る大人たちの本物の力強さには、胸が熱くなること間違いなしです。
孤宿の人とは誰のことか
作品のタイトル“孤宿の人”とは、いったい誰を指していたのでしょう。
初めは、ひとりぼっちになり屋敷に流されてきた加賀様のことだと思っていました。しかし、確かに家族はいなくなってしまい屋敷には一人でしたが、加賀様には自分を慕ってくれる”ほう”の存在があります。
“孤宿“は辞書に意味はありませんが、私のイメージとしては”孤独さから精神的に閉じ込められている人“のことです。その点で加賀様は孤宿の人ではないのです。
では”ほう”でしょうか。もちろん違います。”ほう”も確かに孤児で身よりはありませんが、井上家の人々や宇佐という、”ほう”を気にかけ愛情を注いでくれる人が周りにたくさんいました。
ではいったい、孤宿の人とは誰のことなのか。私がたどり着いた結論は、心を乱し、過ちを犯し、人を傷つけてしまった、美祢のような人々のことです。
過ちを犯す前に止めてくれる人はいなかったのか、自分が過ちを犯すことで悲しい思いをさせてしまう人はいなかったのか。
いくら事が明るみに出ないからと言って、すべての人に隠し通せるものではありません。
それにも関わらず、誰のことも頭に浮かばず行動に移してしまった彼らこそが、本当の孤宿の人なのではないでしょうか。
『孤宿の人』はどんな人におすすめ?
『孤宿の人』はこのような方におすすめです。
- 宮部みゆきさんが好きな人
- 時代小説が好きな人
- 人間味溢れる登場人物が好きな人
人間味あふれる魅力的な登場人物とどこかリアルさのあるストーリー展開は、読めば読むほど本当にあった話なのではないかと引き込まれました。
宮部みゆきさんや時代小説が好きで、存在は知っていたけれど上下巻は長いなと避けていた方に特におすすめです。
また、舞台となった香川県、特に丸亀市に縁のある方にもぜひ読んでいただきたいです。
おわりに
悲しいお話なのですが、悲しいだけではない作品にしたいと思って書きあげました。
宮部みゆきさんは『孤宿の人』に対しこうコメントされています。
ただ理不尽な悲しみに打ち負かされ、なすすべなくやられてしまう。
そういった悲しさではなく、それぞれが抱える悲しみとうまく決着をつける話だったように私も思います。
悲しい話だった!ではなく、悲しいけど良い話だったな、という感想を抱くことが出来るのが、この『孤宿の人』という作品。
涙活動にも適していると思うので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。
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