『告発者』は、元銀行員である江上剛さんが、メガバンク内の腐敗を描いた企業小説です。
行員の欲望、嫉妬、裏切りなど、血で血を洗う出世争いが、銀行を知り尽くした作者だからこそのリアルさで表されています。
本作は、実際にあった銀行頭取と放送局の美人女性記者の「不倫路チュー事件」をモデルとした作品。
「路チュー事件」は現実では何事もなかったかのようなうやむやな幕引きとなりましたが、本作においては主人公の活躍により、メガバンクの3トップが責任を取って辞任という形で終わります。
今回は、あるべき銀行の姿と現実の姿のギャップについて考えさせられる『告発者』についてご紹介していきます。
著:江上 剛
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『告発者』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 告発者 |
著者 | 江上剛 |
出版社 | 幻冬舎文庫 |
出版日 | 2014年6月10日 |
ジャンル | 経済・社会小説 |
『告発者』は、元銀行員である江上剛さんが「みずほフィナンシャルグループ」をモデルとして描いたリアリティあふれる企業小説です。
合併後も出身銀行による派閥抗争に明け暮れ、上司の顔色をうかがいながら無難にやり過ごす銀行員たち。
サブプライムローンに手を出した結果、リーマンショックで多額の不良債権を抱え、取引先への貸し渋りや貸しはがしが行われています。
経営の立て直しが急務にも関わらず、頭取は放送局の美人女性記者を愛人として密会を重ね、写真週刊誌に「路チュー」写真を撮られてしまいます。
本作の主人公は、泥沼化した派閥抗争をなくし、行内改革が必要と考えている若手広報部員・関口裕也。
関口は、事件の事実確認に追われる中、貸し渋り・貸し剥がしの復讐に頭取の不倫スキャンダルが利用されていることを知ります。
関口は現在の銀行に欠けている「信義」を取り戻すため、どのような方法で無責任な経営者を告発するのでしょうか?
『告発者』のあらすじ
本作の舞台は、「扶桑銀行」「興産銀行」「大洋栄和銀行」が合併して誕生した、内幸町にある「ミズナミフィナンシャルグループ」(MFG)。
3行持ち回り主義の人事で、MFG社長の瀬戸(旧扶桑)、MWB(ミズナミホールセールバンク)頭取の藤野(旧興産)、MRB(ミズナミリテールバンク)頭取の川田(旧大洋栄和)の3頭政治が行われています。
皆が出世のために上司の顔色をうかがい、銀行のあるべき姿「社会に寄り添うこと」を忘れてしまっていました。
貸し渋り・貸しはがし
前期に過去最高益を出したばかりのベンチャー不動産会社であるグローバル・エステートが、MWBから運転資金の提供を拒まれ、倒産してしまいます。
理由はコンプライアンス上問題がある企業と取引があるからとのことでした。
主人公は、メガバンク内の腐敗を憂いて何とか改革したいと考えている、MFGの広報部員で旧大洋栄和出身の関口裕也。
関口に、大学時代の元恋人で放送局の美人女性記者・香織が、突然グローバル・エステートへの貸し渋り・貸しはがしの件について話を聞きにきます。
これが雑誌の記事となり、MWB頭取の藤野に、関口が銀行に不都合なことを漏らした犯人として目を付けられてしまうのでした。
路チュー写真
写真週刊誌の「ヴァンドルディ」に藤野が不倫をしているとの情報が入り、藤野の張り込みが行われることになりました。
実は、MWBの貸し渋り・貸しはがしで倒産したグローバル・エステートの社長は、別々の親戚に引き取られていた香織の兄でした。
香織は記者として藤野に取材を行う内に、藤野から愛人にならないかと提案されます。
「報道という手段だけで藤野を破滅させるには限界がある。」
そう考えた香織は、自分の身体を投げ出してスキャンダルで藤野を追い詰めることを決意します。
そして、ついにヴァンドルディは、西麻布の路上でキスをしている藤野と香織の不倫写真を撮ることに成功したのでした。
関口は、ヴァンドルディの編集者から、藤野のスキャンダル写真を入手したとの情報を入手します。
しかも、相手は元恋人の香織だと知り、動揺が隠せません。
関口は、MFGの広報としてMFGを守るべく、瀬戸・藤野・川田の3トップに相談することになりました。
藤野は逆上し、密会を認めようとせず全否定したうえ、週刊誌に情報を売った犯人捜しを命じます。
解決
スキャンダル記事が掲載されたヴァンドルディが発売され、関口の元に香織から「会えない?」と電話があります。
指定された場所は病院で、ベッドに横たわっていた男性は自殺未遂をはかって植物状態となったグローバル・エステートの社長でした。
香織は自身が社長の妹であることを告げ、兄の復讐のために藤野とスキャンダルを起こしたと告白します。
そして、関口にスキャンダルを利用して行内での藤野失脚の可能性を追求して欲しいと頼むのでした。
同じ頃、瀬戸もMWBとMRBを統合することによってMFGの3行統合を真に成功に導くためには、藤野に退いてもらう必要があると考えていました。
ただしその場合、藤野だけでなく、瀬戸・川田も含めた3トップ全員が引責辞任する展開になります。
銀行の改革のため、瀬戸は辞任する覚悟ができていることを関口に伝えます。
そのうえで関口に、藤野が辞めざるを得ないように行動して欲しいと命じました。
関口はMFGの未来のため、香織のため、藤野を辞任させる方法を模索。
取締役会の日、関口は新たなヴァンドルディのスキャンダル記事を上手く利用し、藤野を引責辞任させることに成功します。
3トップは全員相談役に退き、MFGは他のメガバンクからの遅れを取り戻すため、ビジネスモデルの再構築を目指すのでした。
『告発者』を読んだ感想
本書は、実在する銀行で実際に起きた事件を元にしたモデル小説です。
読んでいると、本書に出てくるミズナミファイナンシャルグループ(MFG)がみずほファイナンシャルグループ、ミズナミホールセールバンクがみずほコーポレート銀行(MWG)、ミズナミリテールバンク(MRB)がみずほ銀行であることがすぐに分かります。
3行統合後のみずほファイナンシャルグループに渦巻く出世争いや派閥争い、嫉妬、裏切り、情報操作などがリアリティたっぷりに描かれています。
『告発者』は、ノンフィクション系のビジネス小説に興味がある人に、ぜひ読んでもらいたい小説だと思います。
中盤から盛り上がります
銀行の本店には、いわゆる選りすぐりのエリート人材が集まっているので、力を合わせれば非常に強力な組織になるはずです。
しかし、本作の登場人物たちは自身の出世や保身のために、出身銀行の派閥を強く意識している人たちばかり。
また、突然の融資打ち切り(貸し渋り・貸しはがし)や証券と銀行の境界を無視するファイヤーウォールを行うなど、銀行として信義のない行為を行います。
銀行を取り巻く急激な環境の変化や合併の弊害があるとはいえ、銀行の内情に暗い気持ちになってしまいました。
しかし、社会に寄り添い貢献できる仕事をしなければならないと、いつでも正論を貫く主人公が活躍し始めた小説中盤以降、急激に面白くなります。
作者は主人公を、「腐敗した銀行におけるヒーロー」にしたかったのだと思います。
主人公の関口が、「半沢直樹」とだぶって見えてしまうのは私だけでしょうか?
楽しみながら知識が深まります
作者である江上剛さんは、みずほ銀行につながる元第一勧業銀行の行員でした。
第一勧業銀行は富士銀行・日本興業銀行と事業統合し、みずほホールディングスがうまれ、後のみずほフィナンシャルグループにつながります。
作者は3行統合で迷走する銀行に見切りをつけて、2003年に退職し、小説家になりました。
元銀行員だけあってストーリーに説得力があるだけでなく、主人公の恋愛が絡んできたりとエンタテインメント性もあるので、楽しみながら銀行の合併問題について理解を深めることができます。
江上剛さんは他にも銀行関係の小説を書かれているので、そちらも読んでみたくなりました。
読後感が爽やかです
ストーリーは、派閥争いや貸し渋り・貸しはがしによる倒産など、かなり重いトーンで始まります。
一癖も二癖もある登場人物たちがずっと腹の探り合いを続けるため、なかなか明るい雰囲気にはなりません。
しかし、最後は銀行問題も、主人公の恋愛問題もハッピーエンドで終わります。
こうあって欲しいという作者の希望がかなうストーリーとなっていて、読後感の爽やかな作品です。
不倫に対して藤野が明確に責任を取ることになったので、その点でもすっきりした気持ちになりました。
『告発者』はどんな人におすすめ?
『告発者』は、特に以下のような人におすすめしたい小説です。
- 銀行業界に興味がある人
- 会社員として働いている人
- まとめて読む時間が取れる人
預金を預けたり、住宅ローンを組んだり、会社の資金を借りたりと、生活するうえで銀行と取引することは必要です。
また、日本経済に大きな影響を及ぼす存在でもあるため、銀行業界について興味がある人は多いのではないでしょうか?
銀行の内情について詳細に描かれている「告発者」は、銀行業界を知りたいという期待に十分に応えてくれる作品です。
また、主人公は一行員として、さまざまな問題に巻き込まれながらも、何とか会社を良くしようと奮闘します。
これは銀行だけでなく、どのような会社であったとしても、働いている人はみな「そうありたい」と考えていることではないでしょうか?
主人公の活躍に励まされ、「少し自分も頑張ってみようかな」と思えることでしょう。
本書は450ページ以上と、かなりボリュームがあります。
金融業界の専門用語などは素人でも分かりやすく書かれていますが、日常生活で聞き慣れない言葉も多く、読みにくい箇所があるのも事実です。
週末など、時間がある時にじっくりと腰を据えて読むことをおすすめします。
おわりに|多くの銀行員に奮起を呼びかける小説
金融ビジネスはいまや全世界規模に広がり、非常に複雑化しています。
預金を集め、確実な融資先に貸し出して金利で稼ぐだけの仕事ではなくなり、リスクを取って金融市場で大きく稼ぐことも必要となってきました。
銀行員の仕事は昔と比べて見えにくくなっているのです。
銀行員として、上司の顔色をうかがい、減点がつかないように与えられた業務をそつなくこなすだけでよいのでしょうか?
本作は、作者が世の中の銀行員に奮起を呼びかける一冊となっています。
ぜひたくさんの人に読んでもらいたいです。
著:江上 剛
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