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『やがて海へと届く』感想|大震災のあと、いなくなった親友に手向ける花束

今回紹介する、彩瀬まるによる『やがて海へと届く』には、地震や津波の描写があります。

苦手な方はそれを意識したうえでこの記事を読むかどうか決めてください。

大切な人を亡くした人の気持ちは、本人にしかわかりません。

それがどんなに痛くて、つらくて、こわいことなのか。

死んだ者のほうへ引きずられることも少なくないでしょう。

そんなときに救ってくれるのは亡くなった大切な人ではなくて、きっと生きている大切な人なのでしょう。

本作の主人公のように……。

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『やがて海へと届く』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトルやがて海へと届く
著者彩瀬まる
出版社講談社
出版日2019年2月5日
ジャンル切ない友情ドラマ

親友を失い、途方に暮れ続ける主人公の前にはたくさんの〈現在の出来事〉が降りかかります。

そして200と少しのページのあいだに、主人公は底のない悲しみから救われていくのです。

たったひとりの親友を悼み続ける主人公は、いかにして前に進むのでしょうか。

『やがて海へと届く』のあらすじ

28歳の主人公、真奈は3年前のあの日から消息を絶った親友のすみれを忘れられず、悼み続けていました。

ホテルのダイニングバーで働く真奈のもとに、すみれの恋人だった遠野が現れるところから物語は始まります。

「俺のところにあるすみれのものは、ぜんぶ処分する」

だからいるものがないか、真奈にも立ち会って欲しいと言うのでした。

要は形見分けをしようということです。

たったひとりの親友を、親友のかつての恋人や母親たちに〈亡き者〉として扱われるのが、真奈はとても嫌でした。

自分だけはすみれを覚えていよう、彼女の痛みを、つらさを、恐怖を共有していよう。

その切実な想いはいつしか真奈の足枷となり、身を滅ぼしかねないことになっていきます。

忘れられない人

真奈とすみれは大学生時代に知り合いました。

真面目な真奈と自由で少しミステリアスなすみれ。

お互いにないものを持ち合うふたりは自然と惹かれ合い、しばらくは真奈の部屋でともに暮らすこともあったようです。

突然日本を襲った大震災の前日、遠野に「息抜きに行く」と言って旅に出たすみれはそれ以降行方がわからなくなってしまいました。

すみれの母親は娘が死んだものだと割り切り、恋人だった遠野は事件から3年後のその日、真奈に形見分けの相談をします。

彼女はまだ生きているかもしれない、それに死んでいたとしても忘れてはいけない。

痛くて苦しくてつらい……すみれがそうなのであれば、親友の自分が割り切って楽になってはいけない。

真奈はいま目の前にある大事なものに目を向けることなく、ただひたすら、親友の痛みを分かち合おうとしていました。

真奈のいま

大学生のころ空間コーディネートが好きだった真奈は、現在ホテルのダイニングバーで働いています。

店長は4、50代の温和な楢原という温和な男性で、ほかにもがっしりとした体格の国木田というキッチンリーダーがいたりします。

真奈は客層によってCDを変える楢原店長の後ろ姿を見ているのがとても好きでした。

国木田は普段あまり喋らず緘黙ですが、思い詰めていた真奈を実家の旅館に誘ったりと、とてもやさしい人です。

ダイニングバーでの人間関係や出来事は真奈にとって思いがけないこともたくさんありました。

けれどそれはどれも真奈をすみれから解放し、まえへ進ませる大事なきっかけにもなったのです。

やがて海へと……

たくさんの人と同じように海に消えていったかもしれない、すみれ。

その痛みや恐怖をいつまでも共有することが唯一すみれを救うと信じていた、真奈。

けれど果たしていなくなった本人であるすみれはそれを望んでいたのでしょうか。

いつまでも、いつまでも、いなくなった自分が苦しんでいると思い込んで同じように苦しむ親友を、すみれは見たくなかったのではないでしょうか。

もうそこにいないすみれの本心を、あなたは感じとれますか?

『やがて海へと届く』を読んだ感想

大震災で亡くなったたくさんの人、そしてたったひとりの親友すみれ……。

還るべきところへ還れていたのなら、真奈がいつかそこへ行けたとき、ふたりは再会するのでしょう。

苦しい過去を克服し、希望に満ちた未来へ進んでいく……素敵な物語でした。

ふたりの〈私〉

本作は14章あります。

奇数章と偶数章で交互に別の〈私〉が語り手となる、少し特殊な書き方です。

いま現在を生きる真奈の視点で書かれているのが奇数章。

そして偶数章の〈私〉は、ずっと不思議な精神世界を歩いていきます。

登場するのはかつて恋人だったかもしれない男性や母親だったかもしれない女性、本来顔がある部分が菊の花で満たされている女性だったりと様々です。

唯一持ったトートバッグに入った謎の魚に導かれた〈私〉は海へたどり着くことができるのでしょうか。

忘れてはいけないこと

すみれの形見のスニーカーを履いて買い物にでかけた真奈は、ふと立ち寄ったカフェでふたりの女子高生と出会いました。

カエルのピンバッジをつけた背の高い女の子と、キノコのヘアピンをつけた小柄な女の子。

真奈が号泣しているところに、ふたりは心配をして声をかけてくれたのでした。

そんなふたりに真奈は問います。

もしもあなたたちのうちのひとりが事故や災害で亡くなってしまったら、残るもうひとりにはどうしてほしいか。

突然のことでしたが女子高生は、少しふたりきりにしてと言って真剣に考えてくれました。

戦争や災害などについてつらかったことを忘れないこと風化させないこと、そんなことを言われたって身近な人を亡くしているわけでもない自分たちにはピンとこない。

女子高生は言います。

「だんだん、忘れないっていう言葉が、すごくうさんくさく思えてきたの」

「なんか古いっていうか、ポエムっぽいしね」

「うん。それさえ言っとけばいいだろ的な。考えるのをやめてる感じ」

私含め遠い国の話のように災害のニュースなどを見ていた人たちは、この女子高生の言葉にはっとすることがあるのではないでしょうか。

「二度と会えなくても、遠くにいても、友達のままでいたい」

この言葉はすみれに縋り続ける真奈に、衝撃を与えました。

5年の歳月

本作で取り扱っている災害が2011年3月11日に起きた、のちに東日本大震災と呼ばれる災害だということは本文中に明記されていません。

けれどこの作品は、紛れもなく彩瀬まるという作家があの日起きた東日本大震災と向き合うために書いたものだったのです。

同じようにあの震災で悩んでいる人たちの手助けになりたいと、そう願ってもいたそうです。

そんなこんなで書き上げられたころには5年という歳月が経っていました。

震災で悩める自分を、人を救いたい。

そのためには5年という年月が必要だったのだと、解説の東えりかは言いました。

『やがて海へと届く』はどんな人におすすめ?

題材が題材なだけに、おすすめできない人ももちろんいます。

この記事を読んでくれた人にもそうでない人にも、この作品には地震や津波の描写があるよということをまず伝えたいと思っています。

そういった描写が平気なのであればそのなかでも、

  • 大切な人を亡くした人
  • 3.11関係の本が読みたい人
  • 苦しく切ない友情話が好きな人

などなどにおすすめしたい、とても素敵な作品となっていました。

おわりに|大切な名を叫びたくなるその衝動がなくなる日が来るのか……。

あの災害があった日、あなたはどこでなにをしていましたか?

覚えている人は多いと思います。

それほど強烈に頭に残る出来事でしたから。

けれど同じ国内といえど、東北からは離れたところに住んでいる人たちにとってはあまり現実味がなかったこともあったと思います。

私もそのひとりでした。

3.11のことを詳しく書いたノンフィクションの本は生々しく、逆にそれも現実味がありません。

けれどこの『やがて海へと届く』は生々さと切なさのなかに、妙なぬくもりが含まれていました。

悲しい、けれど心が痛むばかりではない……。

あの災害をより身近に感じたいのなら、この一冊を手に取ってみるのもありかもしれませんね。

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