あなたが不慮の事故などで自分の命がなくなってしまったとき、この世に未練を残すと思いますか?
もし残したのならば、どうにかしてもう一度この世を見たいと思うでしょうか。
遺した家族や恋人を見守りたいと、そう思うのではないでしょうか。
本作品ではそういった未練を残して死んでしまった人が、もう一度この世を見られるという素敵なお話です。
いろんな人の心残りを晴らしてくれる、あの世の不思議な係員。
その係りの名を〈とりつくしま係〉と言いました。
著:東直子
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『とりつくしま』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | とりつくしま |
著者 | 東直子 |
出版社 | 筑摩書房 |
出版日 | 2011年5月10日 |
ジャンル | ハートフル短編集 |
総ページ数約200ページのなかに、10の物語とひとつの番外編が収録されています。
10の物語はすべて先述した、この世に未練を残して死んだ人が救われるお話です。
ひとつの基盤のもと紡がれる物語たちは、けっして似たり寄ったりというわけではありません。
主人公が老若男女毎回変わり、語り口もさまざまなので、むしろ飽きずに読み切ることができます。
『とりつくしま』のあらすじ
死んだのち、とりつくものを探している気配を放っているあいだは、この世にあるモノにとりつくことができます。
この世にあるモノと言っても生きている人間や動物、植物にはとりつくことができません
けれど一度とりつけばそこからこの世を見ることができます。
遺してきた大事な人の行く末を見守ることができるのですが、もちろん無機物ですから話しかけたりといったことはできません。
それでもとりつきたいと強く願う人は実際、いるのでしょう。
モノにとりついた10人の亡き人
10の物語すべてを紹介するわけにはいきませんので、4つに絞らせていただきます。
1編目の『ロージン』はなかでも一番代表的で『とりつくしま』の導入的なお話になっています。
中学生の息子を遺してきた母親が、その息子が野球で使うロージンにとりついて試合を見守るという内容でした。
3編目は『青いの』というタイトルで、幼くして亡くなった少年が主人公です。
青いの、とは少年が母親といっしょによく行っていた公園のジャングルジムのことでした。
少年はともに遊んだ友だちがジャングルジムとなった自分で遊んで、そして帰っていくのを悲しげに見つめることしかできません。
耳が遠くなってしまった母親をひとり遺してきてしまった娘が、母親の使う補聴器にとりついたのが6編目の『ささやき』です。
聞こえづらいことにイラつき周りに当たり散らしてしまう母親の耳元で、娘は懸命に伝わるはずのない言葉をささやくのでした。
『マッサージ』は8編目で、とある家の父親が家族を心配して家のマッサージ機にとりつきます。
妻、息子、娘は父親を邪険に扱っているふうに見えましたが、実はそうでもないということがわかり、私も父親もほんわかしました。
亡くなった人のしあわせな背景
10編すべての語り手は、未練を残して亡くなった人でした。
この世に執着するほどの愛を遺してきた人たち……その執着心はモノにとりつきこの世に少し留まります。
それほどの執着がこの世にあるということは、生前がよほどしあわせだったのだろうと思うのです。
そこを詳しく書くわけではないけれどしあわせだったんだなと思わせる書き方や発想は素晴らしいなと思いました。
レンズ
10編目である『レンズ』。
語り手である亡くなったおばあさんが、孫に買ってあげたカメラにとりつきます。
しかし目を覚ましたとき、カメラになったおばあさんがいたのは孫の部屋ではなく、中古カメラが並ぶ店の棚でした。
買ってあげたときはあんなに喜んでいたのに、などと考え悲しみますが、おばあさんはすぐにその中古屋で自分を手に取ってくれたおじいさんとの生活を楽しみ始めます。
おじいさんが美しいと思ったものをいっしょにレンズから覗けるしあわせ、いっしょにいろんなところへ行けるしあわせ。
カメラにとりついてから想定外のことばかりでしたが、生前とはまたちがったしあわせを感じることができるおばあさんの素敵な〈生きざま〉に心がぽかぽかしました。
『とりつくしま』を読んだ感想
モノにとりついて遺してきた大切な人たちを見守ることができる……。
それだけ聞くとほのぼのとした少し泣けるお話だなぁと思うはずです。
けれど実際は『青いの』や『ささやき』などのお話では寂しさも感じることができます。
ただあたたかいだけではない、そこに現実の厳しさもあわせ持つ作品でした。
双方の立場で想像できる
読書をする人は読了後に「主人公が自分だったら……」と考えることがあるのではないでしょうか。
もし自分が未練を残して死んでしまって、とりつくしま係に出会えたなら。
もし大切な人が亡くなってしまって、自分の身の回りのモノにとりついていたなら。
遺したほうと遺されたほう、あなたはどちらで物語を読みますか?
あたたかく読みやすい作風
東直子の本はこれが初めてでした。
実は名前も知らずあらすじで気になり読み始めたのですが、すぐにその読みやすさとあたたかい文章に引き込まれてしまいました。
中学生でもおすすめできる簡単な文章、それでいて大人でも楽しめる設定や言葉選び。
〈人の死〉というテーマにもかかわらず〈生への執着〉を感じられる、どこか楽しんで読める一冊となっています。
最後まで飽きさせない語り口の変化
10編すべて、主人公は変わります。
主婦のときもあれば幼い少年のときも、かと思えばホームレスふうの男性のときや思春期の女の子のときも。
語り口がすべてちがい、そのうえ顕著ともとれるほどその口調は主人公の年齢性別性格に合わせられています。
10編とも基盤は同じなのに飽きずに最後まで読めるのは、その語り口のおかげでしょう。
それを書き上げた著者の東直子のすごさがよくわかります。
『とりつくしま』はどんな人におすすめ?
短編集ですが、ひとつがとても短く、そのうえ読みやすいのでぱぱっと読めてしまいます。
逆に読みごたえという点では少しものたりなく感じてしまうかもしれません。
どこかの空き時間にさっと読めるので、その点では優れています。
『とりつくしま』をおすすめしたい主な人は、
- ひとつひとつさっと読める短編集を探している人
- 生と死がテーマの本が読みたい人
- あたたかい物語が読みたい人
などなどです。
おわりに|自分が死んでも、近くで見守っていたい大切な人はいますか?
自分が死んでもなお気になる、見守りたい、そんな存在が身近にいるということがすでにしあわせなのだと、東直子は伝えたいのかもしれません。
幼い子を遺していく母のお話である『ロージン』、大事な妻と娘が気になり妻の日記にとりついた男のお話である『日記』。
展開はさまざまですが、一貫しているのは主人公たちに大切な人がいたという事実です。
妻の新しい門出を祝福する、妻の日記になった男はとても素敵でした。
肌寒くなってくるころなので、このような心あたたまるお話をみなさんにおすすめしたいと思いました。
著:東直子
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