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『号泣する準備はできていた』感想|悲しみを抱いて未来を見渡す強い女性たち

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他の女と寝てしまった、と隆志が私に謝ったとき、私は泣くべきだったのかもしれない。

私の心臓はあのとき一部分はっきり死んだと思う。

さびしさのあまりねじ切れて。

あらゆる女性たちのありふれた恋愛たちは、私があなたが、未来のどこかで出会う、あるいは過去のどこかで出会ったものかもしれません。

号泣する準備はできていたけれど、号泣するほどの恋愛だったのか実際号泣したのか、それは当人たちにしかわからないのです。

もしかしたら、当人にすらわからないのかもしれまんせんね。

著:香織, 江國
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『号泣する準備はできていた』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトル号泣する準備はできていた
著者江國香織
出版社新潮社
出版日2003年11月19日
ジャンル応援してくれる恋愛短編集

総ページ数約200ページという少ないなかに、12編の短編小説がつまっています。

12編の物語のテーマなどは一貫していて、この一冊は例えるならば〈いろんなカットのされ方をした同じ宝石がたくさん入った宝箱〉のようなものでした。

切なく悲しく、そして愛おしい恋愛をしたあらゆる女性たちはその思い出をそっと胸の内にしまうのです。

ひとつひとつ、みなさんと見ていけたらと思います。

『号泣する準備はできていた』のあらすじ

数人の女性の平凡な日常に訪れた数々の愛しい恋愛。

それが溶けるように失われていくさまを、わたしたちは見届けます。

その恋愛を手放すとき、彼女たちは悲しみに溺れながらもしっかりと明日を見渡していました。

悲しみに打ちひしがれ自分の半分がなくなってしまう感覚に襲われても、きっと大丈夫……。

愛しい12人の女性たちの物語

12編の物語はすべて女性視点で書かれています。

ここでは特に心に残ったお話を紹介していきたいと思います。

まず3編目の『熱帯夜』は、秋美と千花という女性が過ごしたやさしい夏の夜のお話でした。

女性同士で愛し合うふたりは行き止まりがあることをよくよく理解しながら、それでも幸福だと言い合い、そしてやっぱりそらぞらしいと笑い合うのです。

茹だる夏の夜の空気や世界にふたりしかいないと思わせる書き方、ぬるいビールにつめたいキスなどどれもこれもがキラキラとしていました。

6編目の『こまつま』ですが、こまつまとは小松菜のことではなく、働き者の妻(こまねずみのように)という意味です。

旦那にそう呼ばれ、子どもたちにも〈こまはは〉などと呼ばれ、しかし主人公の美代子はそれを気に入っているようでした。

デパートで家族の入用品を買い、娘に言われたシュークリームの店に並び、美代子は〈自分はけっして寂しい人間ではないのだ〉と言い聞かせるように背筋を伸ばします。

その日美代子がいつもの洋食屋でサンドイッチを食べているとき、ふと目についたお酒に惹かれ、非日常に手を出すみたいに一口飲んでみるのでした。

最後の物語である『そこなう』では妻帯者である新村と付き合う主人公みちるが、新村の言葉ひとつによってなにもかもを失うお話です。

新村にはどうもほかにも数人の女性がいたようで、自分ひとりだけが新村に愛されていると信じて疑わなかったみちるはその事実に大変にショックを受けます。

ここに挙げた物語の女性も、他の物語の女性も、みんな号泣する準備はできていたのでしょう。

実際に実行したかどうかは別として……。

自由にともなう痛み

この作品に限らず江國香織が書く物語の女性たちはみんな、自分に自由に生きています。

しかしその女性たちはみんな、恋愛によって得た痛みを持っていました。

自分に素直に自由に生きるということは、どこかしらでその代償を支払っているのだと思います。

恋愛にしろ仕事にしろ普段の生活にしろ、自由に振舞えばそれだけ傷が増えるのです。

12編の物語の女性たちは生活のどこかがすでに破綻していたり、あるいは破綻を迎えようとしていたりしていました。

それでも自由を求めることをやめられない女性たち、いつかもっと大きな代償を支払う日が来るのでしょうか。

どこでもない場所

ある夜、バーで4人の男女が出会います。

日本に住み家庭を持つ奈々、長いあいだ中東で仕事をしていた龍子、バーの常連客であり女性言葉で話す男性、マスターの敏也。

奈々と龍子は友人同士で、女性言葉を話す男性は名前が登場しません。

4人は話すうちそれぞれの旅先での恋について語っていました。

4人はそれぞれ語った旅先の恋に浮かれ、それぞれの物語をまとったまま夜の街へ飛び出します。

フロリダに、シリアに、オーストリアに、そしてどこでもない場所に。

旅先に乾杯した4人の、それぞれが一線を引いて相手を思いやる空気が、私は大好きでした。

『号泣する準備はできていた』を読んだ感想

自由に生きるがゆえに傷つき、しかしそれでも強かに生きる女性たち。

いつか見た自分かもしれませんし、いつか見る自分かもしれません。

彼女たちが失ったもの、失うものとはそれほどにありふれたものなのです。

号泣するほどの悲しみも、過ぎてしまえばなんてことないものなのでした。

身を焦がれるほどの恋でも

12編の主人公たちはだいたい恋愛によって傷つき、その傷ついた心で立ち上がります。

私にはまだそのような恋愛をした経験はありませんが、その文体や雰囲気から読み取れるものはありました。

それはまるで自分の一部になっていたはずのものを引き剥がして遠くに送り出し、もうずっと近くにいることがないということなんだなぁと、なんとなく感じます。

経験がない人間に対して小説の文体というものをもってしてそれを実感させる、というのは作家の技ですが、江國香織の場合は特に恋愛に特化しているのでしょう。

男女の性差なく、まんべんなく、江國香織という作家はそれを書くのです。

文体から感じる温度

作家の文体などからは温度が感じられることがあります。

あたたかかったり冷たかったり、ぬるかったり温度自体なかったり。

江國香織の温度はといえば、私の勝手な解釈ですが、〈昼間のバスタブに張られたお湯とも水ともとれる温度〉です。

抽象的なような具体的なような、それすらも江國香織という作家の持つ魅力のひとつと言えるでしょう。

その温度を、ぜひたくさんの人に感じて欲しいと思います。

踏み出す勇気をくれる女性たち

主人公たちはみんな、その恋愛に打ちひしがれ悲しみに襲われますが、そのままの状態をよしとする主人公は誰ひとりとしていません。

最後には必ず前を向いて、明日への一歩を踏み出しています。

その生き方からはとても真っすぐな、嘘偽りない正直な気持ちが見てとれました。

それぞれの女性たちのバックが多くは語られないところも、彼女たちの良さを引き出しているひとつのポイントなのだと思います。

なにかを失ったとき、傷ついたとき、そっと寄り添ってくれる友だちのような一冊でした。

『号泣する準備はできていた』はどんな人におすすめ?

強い女性たちの物語だからこそ、読むべきは恋愛などに奥手だったりなにかと自分に正直になれない人なのかもしれません。

それは女性でも男性でも同じことです。

特に女性が主人公のものしかないので、男性の目には新鮮に映るかもしれませんね。

おすすめしたい人を挙げるならば、

  • 忘れられない恋愛経験がある人
  • 女性の気持ちが知りたい男性
  • なにかで傷ついた心を癒したい人

などでしょう。

世の女性たちに、がんばれ!と応援してくれるこの一冊で、少しでも多くの人が救われたらいいのになと思います。

おわりに|号泣するほどの悲しみを抱えて、明日へ一歩、また一歩

私自身、けっして強いとは言えない人間です。

なにかあるといつまでも引きずる癖は昔から変わりません。

そんな私が20代半ばというこの年齢でこの本に出会えたことは運命と言っていいでしょう。

私は私のままでいい、無理に強くなる必要もない。

だって少なくとも12人の強い女性たちが、私の代わりに強くあってくれるのだから。

彼女たちは自分が強く一歩を踏み出すことで、私たち読者に「そのままでいい」と言ってくれているようでした。

江國香織、そして12人の強かな女性たちに感謝をしたいです。

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