〈事実は小説よりも奇なり〉、という言葉がありますね。
現実に起こる事件や出来事は、創造物である小説よりもおかしなときがある、という意味の言葉です。
今回紹介する桜庭一樹による奇譚集は、奇譚というだけあり変わった6つのお話が集まっています。
もちろんエッセイなどでなく創造物ですから、変わっていようが〈事実は小説より奇なり〉は当てはまりません。
しかしどうもこの6つの物語には、『果たして本当にこれは創造物なのだろうか……?』と思わせる不思議な感覚がありました。
まるで桜庭一樹だけが知っている実際にあったお話を読んでいるようでした。
著:桜庭 一樹
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『このたびはとんだことで』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | このたびはとんだことで |
著者 | 桜庭一樹 |
出版社 | 文藝春秋 |
出版日 | 2016年3月10日 |
ジャンル | 奇怪な連作短編集 |
桜庭一樹による6つの奇譚話が収録されています。
20ページほどのものもあれば50ページほどのものもあります。
連作にはなっていないので、気になるお話から読んでもよいでしょう。
『このたびはとんだことで』のあらすじ
6つの物語に共通するのは、表紙にも書かれているとおり奇譚話であることです。
100%ファンタジー、100%ホラーというわけではなく、あくまで奇譚。
ごく普通に生活しているそれぞれのお話の主人公が、一風変わった出来事に遭遇していきます。
その出来事や事件の一連を桜庭一樹が持ち前の文章力をもって紹介していきます。
このたびはとんだことで
表題作でもある『このたびはとんだことで』は2編目に収録されていました。
色が見えず、口が利けず、しかしまだこの世にあるのだという主人公の男は大手の出版社で編集長をしていました。
40をこえ妻もいましたが、不思議と女性にもてたのだと男は語ります。
なかなか家にも帰らず浮気を繰り返していました。
しかし桜が咲く季節、色もわからず喋れもしない男の家に愛人のひとりである女性が訪ねてきます。
妻は在宅でしたが、男は浮気のことは知らないはずだからと安心しています。
20代前半のその女性は、
「このたびはとんだことで」
「とんだことで。とんだことで」
と繰り返し、部屋の隅の男を見つけました。
冬の牡丹
4編目になるのは『冬の牡丹』というお話です。
1月の終わり、32歳の誕生日を迎えた牡丹は深夜にひとり暮らしのアパートへ帰宅しました。
柄にもなく酔っぱらって部屋のドアの前で眠ってしまいそうになります。
しかしそこを下駄で蹴っ飛ばされてしまいました。
蹴っ飛ばした男性は驚いて、面倒くさがりながらも牡丹を起こして隣室である自室へ運び入れてくれました。
牡丹は男性を生意気な若い男かと思っていましたが、実際は白髪まじりの短髪で土気色の肌をした年配の男性だったのです。
それから牡丹と男性は微妙な距離のまま日常を過ごします。
自室には本棚と小さなテーブルしかないけれど満たされている男性。
父親の期待に応え育ったのに、いつの間にかちゃらちゃらした妹や母親にまで見下されるようになってしまった牡丹。
悠久を思わせる男性との出会いで牡丹が見つけたものは……。
五月雨
『五月雨』は5編目に収録されています。
昭和60年6月、ホテルマンとして働いて30年近くになる桜里は、ある雨の日に目を疑う光景と出くわすこととなります。
桜里が勤めるホテルはとある出版社の近くにあるため、その日もふたりの小説家が缶詰め状態でそれぞれ別の部屋にこもっていました。
ひとりはとても中世的な顔立ちで、銀色の髪でパンク系のファッションに身を包んだ男女どちらか一見わからない若者です。
もうひとりはこれぞ小説家とでもいうような風貌の、上質な着物を着た年配男性です。
ふたりは部屋から出てきて少しの会話を交わしたのち、ラウンジへ移動しました。
静かにふたりを見守っていた桜里は、ふと聞こえてきた若い小説家の歌声に悲鳴を上げそうになります。
「眠れよ、眠れ。林檎の生る木と、銀の川……」
その歌詞と歌声は、桜里が過去に聞いたことがあるものでした……。
『このたびはとんだことで』を読んだ感想
ごく普通の生活を送る主人公たちが遭遇してしまう不思議な出来事。
先ほど紹介した『五月雨』は収録されているお話のなかでも、一番ファンタジー要素が濃いものかもしれません。
どれもそれぞれで完結しているので、なにか読みたいなと思ったときに気になったお話を読んだりできて勝手がいい一冊でした。
空想≒現実
これは著者が書く小説の魅力のひとつなのですが、桜庭一樹の言葉選びや表現は少々くどいことがあります。
著者の独特の世界観を表現できるのは、著者によるくどい表現だけなのです。
そしてその表現はときに想像物であるはずの出来事……桜庭一樹の世界でだけ起きた架空の事件などを、あたかも現実に起きたことのように感じさせる力を持っているのでした。
くどい表現というのは下手をすれば押しつけがましい印象を植え付けかねません。
しかし著者はそれを最大限活かして武器にし、多くのファンを掴み取っているのです。
少女描写だけじゃない
桜庭一樹といえばリアルな少女像の描写を思い浮かべる人もたくさんいるでしょう。
今回の短編集にも少女は登場しますが、ほとんどが大人視点のものです。
読了後の単純な感想としては、「桜庭一樹はこんなのも書けるのか……!」でした。
それほどこの短編集は、著者の長編ばかりを読んできた私に衝撃を与えたのです。
それでも物足りない人へ
『いつもの著者の感じが好きなのに』と思う人にも安心してほしい……。
なぜならこの短編集にもきちんと、著者の良さが前面に押し出されたものが収録されているからです。
それが6編目の『赤い犬花』になります。
著者特有の甘く切ない、それでいて棘がある少年少女の描写もしっかりあるので、まずはこの6編目から読んでみるのもありでしょう。
『このたびはとんだことで』はどんな人におすすめ?
長編のように桜庭一樹特有の世界観ががっしり出ている作品ではないので、少し変わったお話が好きだという人ならばとっつきやすいかと思います。
そうでない人にはたとえば、
- 日常に刺激が欲しい人
- 少しアクが強い作品を読みたい人
- 桜庭一樹に興味がある人
などなどに読んで貰いたいです。
長編のように桜庭一樹の世界観が強くなくて、短編なので読みやすいうえに6つのどのお話から読み始めてもいいという点が、桜庭一樹初心者には向いているでしょう。
おわりに|6人の主人公が見た〈非日常〉を、私たちも覗いてみませんか
紹介したお話が実際に起きた出来事だ、ということは一切ありません。
これらは桜庭一樹が書いた創作物です。
しかし〈事実は小説よりも奇なり〉という言葉が表すような出来事が現実にある限り、6つの奇譚話も〈完全なる創作物である〉とは言い切れないかもしれません。
それほどにこの奇譚集の描写はリアルで生々しく、いつどこで起こっていてもおかしくないんだと思ってしまうのです。
桜庭一樹が成せる技、それは表現力によって創作物を現実と勘違いさせることなのではないでしょうか。
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