殺したいほど憎い相手がいることは、現代では珍しいことではないのかもしれません。
大人であろうが子どもであろうが、それは同じはずです。
けれど大人は子どもに比べて理性や知識があると思います。
子どもはどうでしょうか?
人間として発達途中の子どもに大人と同じ価値観や理性を強いるのは難しいことでしょう。
子どもは子どもの価値観と基準でものごとを見て、裁きます。
だれにも助けを求められない孤独な子どもは、いったいなにを頼りに己の気持ちに折り合いをつけていけばいいのでしょうか。
東京創元社
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『少女には向かない職業』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 少女には向かない職業 |
著者 | 桜庭一樹 |
出版社 | 東京創元社 |
出版日 | 2007年12月18日 |
ジャンル | 少女奮闘記 |
なにもない島で暮らす13歳の少女が悪意や武器で人を殺めてしまう物語です。
約250ページ、か弱い少女ふたりの殺人告白はとても満足度が高いです。
これぞ桜庭一樹、そういったテーマの本になっていました。
『少女には向かない職業』のあらすじ
物語は主人公の大西葵が読者に、人をふたり殺したと告白するところから始まります。
ページを開いた瞬間結末を知ってしまう私たちは、なぜそうなったのかを知るために読み進めなければなりません。
酒に溺れ寝てばかりの義父に嫌気がさしていた葵。
漁港の長の孫娘であり、葵のクラスメイトでもある宮乃下静香。
家柄やクラスでの立ち位置がまったくちがうふたりは、ある夏の日出会ってしまいます。
そして葵は語りました。
少女の魂は殺人に向かない。
だけどあの夏はたまたま、あたしの近くにいたのは、あいつだけ。
宮乃下静香だけだったから。
子どもの憎しみ
若いころの自分を追いかけてばかりの母親と、酒に溺れ母親と自分に暴力をふるう義父。
学校ではクラスの人気者の立ち位置にいますが、家に帰ると途端に無口になり自分を守ろうとする……それが大西葵13歳です。
葵は義父のことを他人に話すとき、
「血は繋がってないよ。ここ重要」
とつけ足すのが癖になっているようでした。
葵が憎むものはその義父です。
酒に暴力、葵の財布からお金を盗み取ることもありました。
そんな義父に殺意を抱いてしまうのは、もはや当然と言えるほどのことです。
ある日、その殺意を道に迷った山羊にぶつけてしまう葵がいました。
そこで出会ってしまったのが、宮乃下静香です。
葵の運命を大きく変えてしまう、もうひとりの13歳でした。
13歳の悲しみ
黒髪のおかっぱに重たそうなメガネ、クラスではもの静かな図書委員……それが宮乃下静香13歳です。
けれど山羊に殺意を向ける葵と出会ったその日、静香は学校とはまったく異なる雰囲気を醸し出していました。
いわゆるゴシックロリータふうの洋服を身にまとっていました。
葵は茶髪を結んでTシャツにジーンズという服装の自分の方が幼く見えるように思えて不思議に感じます。
だれも逆らえない漁港の長。
その孫娘である静香にも、島の漁師たちはぺこぺこします。
なに不自由なく生活しているように見えた静香でしたが、1章にて大きすぎる秘密を共有した葵にこう言いました。
「あたしにも、殺したい人がいるの」
少女の犯行
殺したいほど憎い相手がいるのが葵で、殺さなければ殺される相手がいるのが静香でした。
どちらも自分の身を守るための殺人動機なことに変わりはありません。
中学二年生の一年間で、あたし、大西葵十三歳は、人をふたり殺した。
物語冒頭の文章です。
葵と静香が殺した相手。
憎い人間。
殺さなければ殺される人間。
理性も知識も大人ほどは持ち合わせていない少女たちは、自分を守るために、たったふたりきりで、残酷な現実と戦いました。
『少女には向かない職業』を読んだ感想
中学生の少女たちが自分の手で現実と戦う桜庭一樹が書くに相応しいテーマと言えるでしょう。
始めから最後まで、心のなかの”少女”が葵と静香といっしょに戦いたがる……。
止めるのではなく、戦いたいと思える、そんな物語でした。
子どもの弱さ、強さ
子どもは社会的な立ち位置からして圧倒的弱者です。
ひとりではなにもできない、家が嫌だからと言って家出をしようにもお金がなく、働くこともできないのでけっきょく補導されて家に帰るしかないのです。
葵も静香もそうでした。
それならば自分が安心できる環境は自分で掴み取らなくてはいけません。
児童相談所や警察、頼れる大人がいるのに、子どもだけの頭では考えが及びません。
どんなにSOSを出しても肝心要の大人が気づかなければなにも始まらないのです。
だけれど、それを逆手にとったのが葵と静香のふたりでした。
関心を持たれなければ、子どもがなにをしようとバレません。
無害でなにもできないからマークする必要がない……果たしてそうでしょうか?
大人が思っているほど、子どもは弱くありません。
リアルな少女像
少女が人をふたり殺す。
とは言ってもそこはやはり中学生の少女ですから、完璧犯罪や難解なトリックをしかけるなんてことはしません。
天才少女が完璧に人の目を欺いた殺人を犯す、そんな小説や漫画もあるにはありますが、そこはやはりさすが桜庭一樹作品といいますか……。
大西葵も宮乃下静香も、家庭の事情や学校での人間関係に悩まされてはいるけれど、ふたを開けてみればなんてことないただの中学二年生です。
だからすりこぎと菜種油や、冷凍マグロと噂好きのおばさんで人を殺せると思ってしまうのです。
実に中学生らしい無邪気な殺人計画といったところではないでしょうか。
主人公は巧妙な罠やバレない仕組みなんて考えつかない、子どもですから。
胸のざわざわ感
さあ読もうとページをめくった瞬間、大西葵の殺人告白が始まります。
読者は否応なく桜庭一樹の世界に引きずり込まれてしまうのです。
私たちは主人公が人を殺したことを念頭に置いて、なぜそうなったのかその経緯を読み進めなければなりません。
逆説的な物語読むあいだ、きっと心にざわざわしたものを抱えると思います。
それは書評家の杉江松恋も解説にて語っていました。
『少女には向かない職業』は、読む人の気持ちをざわざわさせる小説である。
この、ざわざわの正体はなに?
冒頭の不穏な文章のせいか、はたまた幼い少女の傷つきやすい魂の叫びのせいか。
読む人の、とありますがきっと読了後もそれは続きます。
いち読者の私がそうであるように……。
『少女には向かない職業』はどんな人におすすめ?
あくまで個人的な感想ですが、同著者の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』や『無花果とムーン』と同じくらい、本作品は著者のワールド全開な作品だと思います。
なので桜庭一樹の世界観が好きな人には必ず読んで欲しい作品のひとつであるといえるでしょう。
ほかにも、
- 子どもが主人公の不穏な物語が好きな人
- 結末が先にあってもかまわない人
- ドキドキハラハラ感が欲しい人
などなどにおすすめしたいと思っています。
おわりに|なぜ幼い少女は人を殺さなければならなかったのか
子どもには頼れる大人が必要です。
創作上の世界であろうと現実世界であろうと、それは変わりません。
それは家庭内に限らず、学校や近所、子どもがいける場所ならどこでもよいのでしょう。
本作でふたりの人間を殺めてしまうことになった葵と静香にも、しかるべき対処ができる大人が近くにいれば結末は変わっていたかもしれないのです。
物語として破綻してしまうので、創作上ではあまり求められるものではありませんが……。
しかし現実はちがいます。
実際に子どもが起こす悲しい事件がたくさんあり、多くは近くにいた大人が防げたものです。
せっかく創作上でそんな物語があるのですから、現実からは少しでもそういう問題を減らしていきたいですね。
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