まず始めに、これは女性同士の恋愛小説です、と言っておかなければならないでしょう。
ジャンルとしては俗に言う、百合ジャンルに分類される作品です。
この作品はそんなジャンル名に恥じない美しさと気高さ、可憐さと繊細さを持っています。
同じ時間同じ空間に生きながらも、お互いを永遠みたいに遠い存在だと感じる少女ふたり。
なぜ彼女たちは惹かれ合い愛し合ったのか、私なりの見解がみなさんに伝われば幸いです。
まずはその出会いから見ていきましょう。
著:宮木 あや子
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『あまいゆびさき』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | あまいゆびさき |
著者 | 宮木あや子 |
出版社 | 早川書房 |
出版日 | 2016年10月6日 |
ジャンル | 切ない百合 |
女性同士の恋愛小説である本作品は、R-18文学賞なども受賞している作家、宮木あや子の作品です。
本作品にも少しだけそういったシーンがありますので、ご了承ください。
ページ数も270ページと非常に読みやすく、ジャンルが合う人などはすいすいと読み進めてしまうのではないでしょうか。
世間一般的に見れば普通ではない育ちの少女ふたりが出会い別れ、運命的な再会を果たすもいろんなものが邪魔をして一緒になれない……。
そんなもどかしさであふれる、いろんな意味でドキドキさせられる物語です。
『あまいゆびさき』のあらすじ
住んでいる団地の中央にある公園で運命的な出会いをした真淳と照乃は、少しのあいだしか一緒にいられませんでした。
しばらくたって別の土地で再会したころ、照乃は立派な不良になっていました。
真淳も照乃もお互いの存在をとても遠くに感じるのに、ふたりとも恋をしたこと、愛したこと、求めることをやめられません。
そんなもどかしいふたりがやっと気持ちを打ち明け合ったころに訪れたのは、物理的にふたりを引き裂くような事件だったのです。
ふたりはそれを乗り越えることができるのでしょうか。
乗り越えられたとして、そこに待っているふたりの未来とはいったいなんなのでしょうか。
理不尽な世界を生きる少女と少年
この物語はふたりの少女の視点で書かれています。
ひとりは白川真淳(しらかわまじゅん)という少女で、この少女は貧困には悩まされていなかったものの、母親がヒステリックで過保護という困った家庭環境で暮らしていました。
もうひとりは唯一の家族である母親からネグレクトを受けている、粕谷照乃(かすやあきの)という少女です。
ふたりは住んでいる団地の中央にある公園で出会いました。
惹かれ合う幼い少女たちはチョコレートを口に入れ、秘密の遊びを繰り返します。
シロツメクサの花冠を作るのが上手な照乃と下手な真淳。
しばらくしてふたりは引き離されることとなりますが、そのころにはお互い別の友だちができていました。
大事に育てられた中学生の真淳には万里江や奥井といった心許せる男女の友だちが、ほったらかしにされて育った照乃には一学年上のカリンという不良の女子友だちが常に隣にいました。
高校生になった照乃の母が再婚した相手の連れ子は女性ものの洋服を纏っていましたが、男性で複雑な事情を持っていました。
名前もユリカと名乗り、常に部屋に引きこもりっきりでしたが、あることを遂行するため外へ出てくることとなります。
愛を知らない少女たちの愛
過保護な母親のもとで育った真淳と、育児放棄の母親のもとで育った照乃は、どちらもまともな愛を知りません。
だから切ないほどもどかしいすれ違いを何度もするのでしょう。
中学生のときに偶然再会したときも、高校生になってやっと同じ空間にいられるようになったときも、少女たちは恋した相手にかける言葉を知りません。
想う気持ちが強すぎて傷つけ合い、それでも求め合うことをやめられない彼女たちが見つけ出した女同士で愛し合う方法はとても強かでした。
周囲のあたたかい人たち
真淳の中学からの友だちである奥井は物語の終わりまでずっと登場します。
奥井は中世的な見た目の男の子で、高校は男子校に進みました。
本人もいろいろと抱えているものがあるので、同性に恋する真淳の相談にのるなどさまざまな手助けをしてくれます。
そんな心あたたかい人たちは不良の照乃の周囲にも、たとえば似た境遇の不良友だちだったり母の再婚相手の連れ子であるユリカだったりと数人ほどいました。
不良友だちは照乃が同性に恋をしていることを打ち明けても変わらず接してくれました。
ユリカはというと引きこもりの自分の部屋にご飯を運んでくれる照乃の存在に救われてすらいたようです。
だからユリカは照乃のピンチに駆けつけ、今度は彼女を救おうと部屋を飛び出すのでした。
『あまいゆびさき』を読んだ感想
百合作品いうとみなさんどういった印象を持つでしょうか。
繊細だったり儚かったり、つまり美しいという印象が多いはずです。
きっとこの作品はそういう印象をすべて詰め込んだ、百合作品の王道をいく作品なのだと私は思うのです。
王道といっても百合小説作品としてという話で、それは宮木あや子の文章力と世界観を創る力が成せることなのでしょう。
そんな百合小説の王道としての作品だと認識して読むとそれはそれでいいと思います。
れっきとした純愛小説
この作品の繊細さは宮木あや子の文章があってこそでしょう。
ふたりの少女の邂逅、大人は教えてくれない秘密の遊び、男という生き物への生理的嫌悪反応、同性しか愛せないという確信……。
そのすべてが宮木あや子の力により美しいものへと変貌します。
男性への嫌悪感やひどい家庭環境すらも残酷であればあるほど作品の魅力となるのです。
もはや異性同士の純愛小説となんら変わりないほどにこの作品は美しさと切なさ、愛しさにまみれていました。
交互になるふたつの視点
まず幼い真淳の視点から物語は始まります。
2話も続いて真淳、3話4話は照乃視点と、2話ずつ交互に変わる視点は上手い具合いにふたりの気持ちと事情をさらけ出してくれます。
そのため、子どもから大人になるまでの長い期間を書いた一冊の小説ですが内容や時系列が理解しやすく、読書初心者の人でも百合作品に興味がある人ならば簡単に読めるでしょう。
構成としてはとっつきやすい作品でした。
わかりやすく美しい描写
繊細で儚い描写というと、文章に薄いヴェールがかかったようなふわっとした表現が多いと思うのですが、本作品は繊細で儚いのにその表現が非常にわかりやすいという点で優れています。
雰囲気で感じ取らねばならなかったりするところがなく、かと言って説明じみた表現になるわけでもなく、ただただ美しくそのうえわかりやすい文章なのでそういったところでもとっつきやすいと言えます。
「真淳ちゃん」
「なあに、照乃ちゃん」
「好き」
これ以上にシンプルで胸をうつ台詞があるでしょうか。
お互いへの想いがあふれた瞬間のふたりが空白の時間を埋めるように吐くこの台詞は、着飾ることもなく必要最低限の言葉で出来ていました。
『あまいゆびさき』はどんな人におすすめ?
述べてきたように、百合作品であることや本として読みやすいことなどを踏まえたうえでおすすめしたい人は、
- 少女同士の恋愛作品が好きな人
- 美しい物語が読みたい人
- 切なくもハッピーエンドが好きな人
などです。
バッドエンド作品ではないので、その点について心配な人には安心して読んで頂けると思います。
ふたりが報われるまでのドキドキハラハラはそういう結末を知っていようが楽しめるので問題ありません。
手に取る人には同性愛作品だということを念頭においていて欲しいです。
そのうえで美しい作品であること、読みやすい本であることを知ってほしいのです。
おわりに|惹かれあい傷つけあい、少女たちは恋をする
少女たちは恋をし、傷つけあい、そして愛することを知りました。
恋は盲目と言いますが、この恋は盲目でなければ成就しなかったでしょう。
同性愛というものはいまだ世のなかに認められにくいです。
愛を確認しあったふたりにはこれからもたくさんの不条理が襲いかかることと思います。
それでもお互いが生きる限り、きっとふたりはそのあまい指先で繋がることをやめないでしょう。
世界が少女たちを愛さなくとも、少女たちは懸命にお互いだけに縋りあうのです。
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