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『いつか陽のあたる場所で』感想|暗い過去を背負いながら新たな人生を歩もうとする女性たちの物語

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人には、振り返りたくない過去があります。

決して消すことはできません。

辛い過去を抱えながら、どう生きていけばよいのでしょうか。

これは、前科という暗い過去を持つふたりの女性が、互いに支えあいながら、新たな人生を歩んでいこうとする物語です。

東京の下町、谷中を舞台にした、マエ持ち女シリーズ3部作の第1弾。

自らの過ちと向き合い、一歩一歩踏み出していく主人公の懸命な姿から、現在(いま)を生きることの大切さに気づかされます。

人生につまずいても、日常の小さな幸せを拾い集め、傷を癒して歩んでいこう、そんな希望を見出すことのできる作品です。

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『いつか陽のあたる場所で』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトルいつか陽のあたる場所で
著者乃南アサ
出版社新潮社
出版日2010年1月28日
ジャンル人間ドラマ

乃南アサさんによる、マエ持ち女シリーズ3部作の第1弾。

東京の下町、谷中を舞台に、前科持ちのふたりの女性の暮らしが短編形式で描かれています。

2013年には、上戸彩さんと飯島直子さんのW主演でドラマ化され、翌年にはスペシャルドラマも放映されました。

過去に怯え、苦しむ主人公の心理描写とともに、炊き込みご飯を作ったり、マフラーを編んだりするという日常の描写により、平凡な日常にある幸せに気づかされます。

『いつか陽のあたる場所で』のあらすじ

小森谷芭子(こもりやはこ)29歳、江口綾香41歳。ふたりは、誰にも言えない過去を背負っていました。

前科です。芭子は、昏睡強盗罪で懲役7年。綾香は夫殺しの罪で懲役5年。

刑務所で親しくなったふたりは、出所後、東京の下町、谷中で新しい生活を歩み始めます。

厳しい現実にぶつかりながらも、仕事を見つけ、支えあいながら懸命に生きようとするふたり。

そんなふたりの日常が、芭子の視点から描かれています。

消しようのない過去 ―芭子と綾香、それぞれの罪ー

芭子の罪

芭子は大学生の時に収監されました。

裕福な家庭に生まれ、何不自由ない生活をしていましたが、ホストに貢いでしまい、人生の歯車が狂い始めました。

大波に翻弄されたように、家族の財布から現金を抜き取り、カードローンにまで手を出し、挙句の果てに犯罪にまで手を染めるようになってしまったのです。

伝言ダイヤルで適当な相手を見つけては、ホテルに連れ込んで薬を飲ませ、金を盗んでいました。

出所後、生前贈与としての一時金と、住む場所として祖母の遺した古い家を与えられましたが、家族からは分籍や相続排除といった手続きを要求され、戻る場所を失ってしまいます。

綾香の罪

綾香は、長年にわたる暴力に耐えかね、夫を殺害しています。

骨折や流産を幾度となく経験し、「殺される」「死んでしまう」と感じながらも夫の愛情を信じていました。

しかし、やっと生まれた我が子にまで暴力が及びそうになった時、自分の中で何かが崩れ落ちてしまったそうです。

出所後、綾香はアパートを借り、パン屋で製造見習いのスタッフとして働きながら、夢だった職人としての道を歩み始めます。

作中、綾香の心情が語られることはありませんが、次のことばから、少しだけ綾香の思いを感じられるでしょう。

ーでもね、私、誓ったんだ。やったことは無駄にしない。絶対。私は私の人生を生き直すって。私の子どもにも、せっかく授かった生命(いのち)なんだから、強く育ってくれることを祈るしかないって。

『いつか陽のあたる場所で』P.108

刑務所にいたころから芭子をかばい、出所後も終始明るく振る舞い、支えてくれる存在です。

東京の下町、谷中 ーささやかな幸せを感じ、淡々と生きるー

物語は、祖母の遺した家のある東京の下町、谷中を舞台に展開されます。

近所では、芭子は海外留学していたことになっています。

仕事の面接の際は、その期間を「結婚」と「離婚」で埋めていました。

周囲に過去の罪を隠すため、芭子は、なるべく人とかかわらずに生きようとします。

しかし、親切な人のあふれるこの下町では、人とかかわらずに生きることは難しいことでした。

近所の老夫婦や居酒屋の店員、交番の警察官とのかかわりは、過去を隠しながら生きる芭子にとって、苦痛でしかありませんでした。

また、過去の後悔の念に襲われ、虚ろな気分に心を支配されていても、毎日、何かを食べ、働き、生活していかなければなりません。

条件の厳しい中、必死でアルバイトを見つけ、マッサージ治療院で働き始めます。

過去の重さに耐えながら過ごしていましたが、仕事でパソコンを学んだり、日々の家事をこなしたりすることで、虚ろな気分をわずかでも忘れるようになりました。

生活を切りつめ、質素に暮らしながらも、パソコンや料理等で日常から小さな楽しみを見出し、ささやかな幸せを感じ、芭子は前を向いて進んでいきます。

取り立てて嬉しいことも楽しいこともないけれど、その代わりに悲しいことも、苦しいことも、あるわけではない。それで十分、満足だ。そう思うことが出来る。(P.162-163)

『いつか陽のあたる場所で』P162-163

特別な出来事は起こりませんが、この下町で、近くのアパートに住む綾香と食べ、居酒屋で何気ない話しをし、時折笑いながら過ごす日常が淡々と描かれていきます。

心の闇ー「陽のあたる場所」へ向かおうとするふたりー

前科という闇を抱え、行くべき場所も、頼る相手もいない中、綾香だけが、芭子にとって唯一、支えになる存在でした。

芭子とは対照的に、綾香は常に明るく振る舞い、過去の罪を後悔している様子を見せません。

パート先で年下の職人から怒鳴られ、罵られても、元気に過ごしています。

しかし、つぎのことばから、綾香の心の奥に潜む深い闇をうかがうことができます。

「平気なわけ?人殺しと一つ屋根の下に住んで」

『いつか陽のあたる場所で』P219

これは、芭子が一緒に住むことを提案した時に綾香が言った言葉です。

芭子に対して、綾香は過去の罪に対し、後悔の気持ちを吐露することはありません。

常に明るく芭子を励まし、家事を教え、優しく見守ってくれる存在です。

しかし、本当は芭子にも言えない、心の闇を独りで抱え込んでいました。

愛する我が子を守るために、愛する夫を殺害したという罪。

これは、綾香自身にとっても背負いきることのできないものでした。

そのため、芭子を支え、世話しながらも、どこか一定の距離を保ち続けている様子が感じられます。

本シリーズの完結編『いちばん長い夜に』で、綾香が自身の罪と向き合う場面が出てきますが、本作ではまだ途上にいました。

この作品では、罪と向き合い、償い、「陽のあたる場所」へ向かおうとするふたりの姿が、日常を通して描かれていきます。

『いつか陽のあたる場所で』を読んだ感想

小説を読むとき、主人公に自分を重ねる人は多いでしょう。

私も、主人公の芭子に自分を重ね、愛おしむように読んでいました。

現在(いま)を生きる

前科ではないですが、私も振り返りたくない過去を抱えていました。

人にはそれぞれそのような過去があると思います。

過去の失敗、引きこもり、災害…人によりさまざまですが、「後悔」は常に人生につきまとうものでしょう。

作中、芭子はよく過去の罪に脅え、将来の希望が見出せず、生きる意味を見失っていました。

しかし、日々、目の前の家事やアルバイトをすることで、自身でも気づかない内に前に進んでいきます。

生きることに明確な答えはありません。

ただ、現在(いま)を生きることで、過去に留まらず、未来に進むことができます。

この作品は、日々の生活を大切にし、小さな幸せを拾い上げることで、人は前に進んでいけるのだと教えてくれます。

芭子を変えていったのは、そんな日々の積み重ねでした。

何もしていないより、ずっといい。今日はきっと、明日につながる。

『いつか陽のあたる場所で』P.321

人とのかかわりの中で

芭子がアルバイトを辞めた時、近所の老人が心配して声をかけてくれました。

その時、誰にも干渉されたくないと感じていた自分の心が、変わっていたことに気づきます。

芭子は不器用で、人とかかわることを避けていましたが、それでもちゃんと気にかけてくれる人がいました。

自分は孤独ではないのだと気づかされました。

人の心が人を動かし、かかわりの中で変わっていくのです。

れ、綾香と肩を寄せ合って。それしか遺された道はない。

『いつか陽のあたる場所で』P.302

陽のあたる場所

芭子は過去を抱えたまま、闇の中にとどまっているような状態でした。

それでも、新しい場所に住み、綾香や近所の人とかかわる中で、少しずつ前に進んでいきます。

手探りの状態ですが、日々懸命に、小さな幸せを拾いあげて生きる姿から、人が生きるとはどういうことなのか教えられます。

過去と向き合うことは、過去の出来事に目を向けるのではなく、現在(いま)を大切にして生きることなのだと、気づかされました。

そして、ふたりの向かっている「陽のあたる場所」は、本当は現在(いま)の瞬間にあるのだとわかります。

過去を悔やみながらも、目の前のことに真摯に向き合い、支えあって生きようとするその瞬間。

これが「陽のあたる場所」であり、現在(いま)を大切に生きることなのだと思いました。

『いつか陽のあたる場所で』はどんな人におすすめ?

この物語は、次のような人たちにおすすめです。

  • 過去を悔やみ、未来への希望を失っている人
  • 暗い気持ちを抱え、毎日を過ごしている人
  • 人の温かさに触れたい人

主人公が暗い過去を抱えながらも、この作品からは希望や温もりを感じられるでしょう。

そして、目の前の幸せ、例えばご飯が美味しい、布団が心地良いなど、小さな喜びに気づくかもしれません。

どうか、暗い道をさまよっていると感じている人に読んでほしいと願います。

そして、作品を通して、過去ではなく、現在(いま)を生きることの大切さ、人の温かさに触れていただけたらと願います。

おわりに|かけがえのない現在(いま)を生きる

『いつか陽のあたる場所で』は、暗い心に希望の光を灯してくれる本です。

私は、この物語を通して、芭子と綾香に出会えたことに感謝しています。

芭子と綾香の償いは生涯、背負っていくものでしょう。

しかし、ふたりとも決して自分たちの人生を投げ出していません。

懸命に生きることで償おうとします。

これは3部作の第1弾なので、続編『すれ違う背中を』『いちばん長い夜に』を読み進めていけば、ふたりの歩む道をもっと知ることができます。

そして、完結編ではあの日本にとって忘れられない1日が、作者自身も予測しなかった結末へと導き出しました。

どうか、暗い道をさまよっている人へ。

過去にとらわれるのではなく、未来につながるかけがえのない現在(いま)を生きて、「陽のあたる場所」へ向かうことができますように。

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