生きるうえで大事なものってなんでしょう。
悪さをしないこと、素直でいること……。
でもそういう人ほど疲れてしまうのがいまの世の中なのだと思います。
正直者が馬鹿を見る、とよく言いますよね。
だれかを恨むこともなにかを大事にしないことも、時には必要なのです。
たくさん悩み傷づいてきた人には、その先できっといい出会いがあると思います。
そう無邪気に信じさせてくれる、彩瀬まるのやさしさがこれでもかと詰まった素敵な本でした。
著:彩瀬 まる
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『神様のケーキを頬ばるまで』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 神様のケーキを頬ばるまで |
著者 | 彩瀬まる |
出版社 | 光文社 |
出版日 | 2016年10月20日 |
ジャンル | 心温まる連作短編集 |
5つの短編が連なる、連作短編集になります。
ひとつひとつのお話は50ページほどで、とても読みやすい作品になっています。
ありふれた雑居ビルで生活する普通の人々が、とある共通物を背景に成長していく、というものでした。
『神様のケーキを頬ばるまで』のあらすじ
どこにでもある、あらゆる店や企業のオフィスが入ったごく普通の雑居ビルが舞台です。
周りの目を気にしすぎるあまり自分のことがまったく見えていない5人の主人公たちの人生は、その雑居ビルと映画『深海魚』を通してでしか交わりません。
劣等感や不安、自己嫌悪を抱くそれぞれの主人公たちは、それでも同じ雑居ビルで生活する名前も知らない別の主人公たちを救います。
5つの切実な成長記録
1編目『泥雪』の主人公は鍼灸指圧の店を開く40代の女性です。
24歳のあの日、訪れたギャラリーでたまたま出会った無名絵師の絵画を後生大事に飾りながら、孤独に生きていました。
理想とのギャップ、幼い娘と反抗期の息子のこと、様々なことで悩み傷ついていた彼女は、ある日来店した10も年下の女性に大事なことを気づかされるのでした。
2編目『7番目の神様』では自分を取り繕うことに必死な男性の恋模様が書かれます。
喘息持ちの彼はかけっこで一等賞をとったことがなく、それゆえ一等の景色に憧れ、妬んできました。
3編目の『龍を見送る』は作詞家の主人公が、所属するバンドのボーカルに抱く想いのせいで、自らが醜い感情に飲まれてしまうというお話です。
ボーカルの男性が素晴らしい声をもっているがゆえに、主人公はそれに振り回されることになるのです。
『光る背中』は4編目で、このお話では理想の男性像にがんじがらめになった主人公が、その男性本人と、強く生きようとする女性によって解かれていきました。
最後である5編目は、『塔は崩れ、食事は止まず』です。
いまは人気店となったお洒落なパンケーキ屋さんを作った女性ふたりは、経営方針のちがいから仲たがいしてしまいます。
ただ美味しいパンケーキをたくさんの人に食べて欲しい、願いは同じなはずだったのに、出てくる言葉は相手を非難するものばかりでした。
けっきょく店を辞めた主人公は、新たな職場での出会いや出来事を糧に、過去の自分も救えるようになるのです。
十人十色の想い
共通物である雑居ビルに対して、そしてウツミマコトという人物が作る映画『深海魚』に対して、5人の主人公たちは様々な想いを抱いています。
かつて一世を風靡したシンクロナイズドスイミングの振付師である男性が理想の女性泳者と出会い恋をし、しかし振付師は最高の水中芸術をつくるために恋人となった女性泳者に過酷な訓練を強いる……。
それが『深海魚』という映画です。
ラストでは完璧な演技に湧く会場のなか、女性泳者はプールの底へ沈んでいきました。
ある者はただただ後味の悪い作品と捉え、またある者は素晴らしい純愛の物語だと目を輝かせます。
作中での『深海魚』へのレビューは賛否両論で、主人公たちは自分が持つ感想に自信が持てませんでした。
この感想は見方は正しいのだろうか……それぞれ好きなように感じていいということを知らない主人公たちはそんなふうに考えてしまうのでした。
龍を見送る
3編目の『龍を見送る』は私が一番印象に残っている作品です。
作詞家の朝海とボーカルの哲平は、なにもないところからふたりでのし上がってきました。
けれどある日、哲平はオリハラユイという女性とやっていきたい、と申し出ます。
哲平の腹に潜む龍を、自分では限界まで引き出せないということを、朝海は受け入れられるのか。
たった50ページほどしかないのに、泣きたくなるくらい苦しく甘い、そしてなによりも美しい、朝海の成長物語です。
『神様のケーキを頬ばるまで』を読んだ感想
同じ雑居ビルで同じ映画になにかしらの想いを抱きながら、5人の主人公はなにを求めたのでしょうか。
後生大事に抱えていた絵画の作者に裏切られた者、一等から見る景色に羨望する者、ともに頑張ってきた親友を恨む自分を許せない者……。
いずれの主人公も理想に絡めとられたすえ、取り繕うことに必死になりそこから動けなくなった者ばかりです。
彼ら彼女らを救うものはいったいなんなのでしょうか。
雑居ビルと『深海魚』
雑居ビルと『深海魚』は主人公たちを繋ぐものとして用意されたたったふたつのものです。
このふたつがなければ彼ら彼女らの人生はなにも交わりません。
建ち、壊されることを予定されている雑居ビルのなか、またはそれが見える範囲の建物で、彼ら彼女らは映画『深海魚』についての感想をそれぞれ抱きます。
そしてそれぞれがそれぞれの想うままに祈りを捧げます。
解説では柚木麻子が、この作品は旧約聖書の『バベルの塔』を連想させると言っていました。
読み終わってからその点を指摘されると、ああ感じていたデジャヴはそれだったのかと納得させられます。
読む前にこうして知っていても知らなくても、ちがう楽しみ方ができることでしょう。
祈りの価値
祈りが届くことが重要なのではない。
天をあおいで祈りを捧げる姿勢こそが、我々を前に進ませるのだと。
柚木麻子は解説でこのように語りました。
主人公たちはそれすら理解していきますが、そこにたどり着くまでにはたくさん傷つき後悔し、時には罪悪感で埋もれます。
それでも懸命に日々を生き、少しでも丁寧に暮らして自分を大切にしようという想いが芽生えることで、彼ら彼女らは成長していくのです。
その積み重ねが、祈りになることも知って……。
勇気をもらえる一冊
彩瀬まるが書く物語の主人公はどれも真面目で実直です。
悪いこともしませんし、自分の感情に素直です。
本作の主人公も例に漏れずですが、だからこそその悩む姿に共感できる人も多いのではないでしょうか。
5人ともがありふれた社会人です。
人生に苦悩し理不尽さに抵抗するその姿は、私たちとなんら変わりません。
そんな彼ら彼女らが躓いては立ち上がるところを見せてくれるから、読者の私たちは勇気をもらうことができるのです。
『神様のケーキを頬ばるまで』はどんな人におすすめ?
述べてきたように、どこにでもいるような大人が成長する、勇気をもらえる本です。
連作短編集なので、あまり根を詰めて読む気力がない人にも気軽に読んでもらえると思います。
おすすめしたい人はたとえば、
- 自分を変えたい人
- 背中を押してもらいたい人
- 人間ドラマが好きな人
そして毎日の生活が疲れている人にもいいかもしれません。
おわりに|祈り、躓き、また祈り……その先で5人はなにを見るのか
意味のない行為など存在しない。
日々の生活でなされる行為はすべて祈りとなって自らの糧になる……。
彩瀬まるは本作を通してそういうことも教えてくれました。
部屋の掃除や自分の食事、毎日のことですが適度にこだわればその分自分を大切にできます。
生きるうえで大切なことはそういう些細なことにも隠されているのです。
素直に生きること、それは時に他人を恨み時に生活を見直すことなのでしょう。
本作はこの理不尽が蔓延る世の中を上手く生き抜くための処世術に通じるかもしれませんね。
著:彩瀬 まる
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