皆さんも一枚はクレジットカードを持っているのではないでしょうか。
手軽に使えるカードは便利なものです。
作り方もそれほど難しくはなく、キャッシングマシーンも街中に溢れています。
しかし、使い方を誤ると本当に恐ろしい結末が待っているかもしれません。
そう、この小説に登場する女性のように。
生前に悪事をした亡者を乗せて地獄に運ぶという火車。
この物語の女性は、この火車から必死で逃げようとしたのでした。
新潮社
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『火車』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 火車 |
著者 | 宮部みゆき |
出版社 | 新潮社 |
出版日 | 1998年1月30日 |
ジャンル | ミステリー |
著者の宮部みゆきは日本を代表するミステリー作家です。
ミステリーはもちろん、時代物、SFまで作品の幅は広く『魔術はささやく』『龍は眠る』『理由』『模倣犯』などがあります。
1993年に書かれた本作『火車』は山本周五郎賞を受賞。
今回は数多くの作品があるなかで、変わらず人気上位に入っている名作『火車』を紹介します。
『火車』のあらすじ
休職中の刑事が、遠縁の男性に頼まれ失踪した女性を追う物語です。
自ら失踪し足取りをことごとく消し去る、この女性の人生は壮絶なものでした。
カードローンや多重債務、自己破産という社会の闇に作者は鋭く切り込み読者に問いかけます。
なぜ女性は失踪したのか?
銃で膝を撃たれ休職中の刑事、本間俊介。
あるとき亡くなった妻の遠縁の男性、栗坂和也から話があると言われます。
それは婚約した女性である、関根彰子を探してほしいというものでした。
本間は彰子が失踪した理由を和也に訊ねます。
和也は銀行員で、クレジットカードを一枚も持っていないという彰子に生活費の支払いなどで使うからとカードを作るように言います。
同じ銀行員の友人にカードを早めに作ってほしいと審査をお願いするのですが、友人から返ってきたのは「カードは作れない」という答えでした。
そう、彰子はカードを作ったことがないと言いながら自己破産していたのです。
そのわけを問い詰めると、事情ががあってすぐには話せない、少し時間をくれと言い残し翌日姿を消したのでした。
自己破産と本間の悪い予感
失踪した彰子を探すことになった本間は、彰子が自己破産のときに世話になった弁護士、溝口悟朗を訪ねます。
本間は関根彰子に対して、自己破産するような人間はよほど金遣いの荒い、だらしない女だと考えていました。
そんな本間に溝口弁護士は言います。
「それが誤解だというのです。現代のこの世の中で、クレジットやローンのために破産に追い込まれるような人たちは、むしろ非常に生真面目で臆病で気の弱い人たちが多いんですよ」
出典「火車176ページ」
と。
本間は気になっていた、関根彰子についてある質問をします。
溝口弁護士から返ってきた答えは、本間が予感した悪いほうの直感だったのです。
それは
「この女性は、私が知っている関根彰子さんではありません。会ったこともない。誰だか知らないが、この女性は関根彰子さんじゃありませんよ」
出典「火車89ページ」
というものでした。
二人の女性を追って見えてきた共通点
本間は本物の関根彰子の足取りを追うとともに、「彰子になりすましている女性」も追いかけます。
関根彰子はどこへ消えたのか?
そして関根彰子になりすましている女性は、いったい何者で、何のために戸籍を乗っ取ったのか?
そこには、それぞれの女性たちが送ったであろう壮絶な人生がありました。
彰子の幼なじみ本多保や、なりすました女性の上司、片桐秀樹など本間は様々な人物と話をして真相に迫っていきます。
やがて明らかになるのですが、二人の女性には、ある悲しい共通点があったのです。
『火車』を読んだ感想
消費者金融にはまった当事者たちだけが悪いのか?
それを食い物にする社会構造に罪はないのか?
作者からの問題提起に深く考えさせられる小説です。
すぐそばにある落とし穴
カードローンや自己破産に陥った人の心情と、その落とし穴を生み出している社会について考えさせらます。
知識がなかったり、少し見通しが甘かったりしたために、はまってしまう罠。
簡単にお金を借りることができるため、つい身の丈以上の金額を借りてしまいがちです。
そして気づいたときには借金が膨れ上がり、自己破産するしか方法がない状況に追い込まれるのです。
いつ何時、自分自身がその落とし穴に落ちるかもしれません。
「借金」という危険はすぐ隣にあるのだということを。
もし自分だったらと考える
借金地獄に陥った女性の悲哀・苦悩・痛みを知ると、逃げている女性は何を思い、何を願って犯行を重ねたのかと考えずにはいられません。
「ただ幸せになりたかっただけなのに」とカードローンにはまった女性が呟きます。
そんな幸せが手に入るというクレジットカードの錯覚。
火車から逃れるために女性がとった行動は許されることではありません。
けれど、そこまで追い詰められた恐怖から逃げようとした気持ちに共感し、女性を憎むことができません。
お金を借りることは恐ろしい
お金を借りることは簡単ですが、その裏に潜む危険を理解することが必要です。
貸す側も、借りることのリスクは話さずにどんどん貸します。
この物語の女性も、なぜこんなに借金をつくることになったのか、よくわからないと言います。
しかし、借りたお金は返さなければなりません。
火車はどこまでも追いかけてくるのです。
この小説は約30年前に書かれたものですが、「お金を借りることは怖いこと」という不変のテーマが描かれています。
今読んでもその恐怖が色あせることは決してないでしょう。
『火車』はどんな人におすすめ?
『火車』は、このような人に読んでほしい小説です。
- 骨太な社会派ミステリーが読みたい人
- じわじわと迫る怖さを味わいたい人
- 宮部みゆき作品が好きな人
本作を読むと平成初期のクレジットカード時代が色濃く描かれていて、当時の社会背景を詳しく知ることができるでしょう。
カードローンや自己破産という、知っているようで知らない世界を丁寧に伝えてくれます。
説明が詳しいだけではなく、迫力ある描写、会話とともに深く掘り下げられていてリアリティが満載です。
失踪女性は直接語りません。
その周りにいた人物が見たり、聞いたりしたことを知るだけです。
しかし、すべてを書かないことで読者の想像力は膨らみます。
女性を追うなかで浮かび上がってくる得体の知れないものに恐怖を感じます。
また、著者の持ち味である人物たちが個性的で、そんな人たちが発する何気ない言葉に思わずハッとさせられます。
おわりに
文中に拾玉集の一節
「火車の、今日は我が門を、遣り過ぎて、哀れ何処へ、巡りゆくらむ」
出典「火車172ページ」
がでてきます。
逃げても逃げても追いかけてくる火の車から、今までひたすら逃げてきた女性。
その苦しみ抜いた人生を追いかけてきた本間俊介。
本間が追う女性が、救われることを願わずにはいられません。
文庫で約600ページという長編ですが、スピード感があり先を読みたくなる力が文章にあります。
ドラマチックな構成力が見事で読後に深い余韻が残る小説です。
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