本書は2000年に出版された作品ですが、そのテーマは現代日本の社会でも十分通用するものばかりです。
- 教育問題
- ネットビジネス
- 不登校
- オンラインでのコミュニケーション
日本という国の現在について、そして未来について。
当時は近未来として描かれた数々の問題点が、実際に現実問題として浮き上がってきている点は非常に興味深いです。
そうした観点からも、この本は日本社会の中でどう生きるのか改めて考えさせてくれます。
閉鎖的な空気の中で、いかに変革を起こすのか。
この物語の中では、中学生たちが集団不登校を決起するところから変革は始まります。
ある程度の理解力や好奇心があり、冒険心も持ち合わせている中学生は、ある意味では大人にもなり切れず、また子供というほど幼過ぎない絶妙な年齢だといえるでしょう。
彼らがいかにして自分たちの暮らしていく世界を変えようとするのか、ぜひ読んでみて欲しいと思います。
著:村上 龍
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『希望の国のエクソダス』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 希望の国のエクソダス |
著者 | 村上龍 |
出版社 | 文藝春秋 |
出版日 | 2000年7月19日 |
ジャンル | SF小説 |
著者の村上龍は1976年に武蔵野美術大学在学中に『限りなく透明に近いブルー』で群像新人文学賞および芥川賞を受賞してデビューしたベテランの作家です。
その著者が約3年間をかけて取材に打ち込んだ全てがこの物語に集約されています。
「現代を巡る絶望と希望を書き尽くす」
本書を書き始めた動機を、村上龍はそのように語っています。
その結果、書き終えたときには
「この物語を書き終えたときの言いようのない充実感と不安感は、24年間小説を書き続けてきて初めて味わうものでした」
と述べています。
『希望の国のエクソダス』のあらすじ
舞台は2002年の日本、全国の80万人の中学生たちが一斉決起して集団不登校を行います。
経済が停滞した時代が続く中、彼らはネットビジネスを開始。
円経済を取り巻くアジア通貨危機が起こると、彼らは情報戦略を駆使して意外な結果を招きます。
それは希望を求めた若者たちの壮大な脱出劇なのでした。
日本を捨ててパキスタンへ渡った少年たち
とある少年がパキスタンの部族に接触し、彼らとともに地雷原の除去作業に従事していました。
その少年が負傷し、海外メディアの取材を受けたときに
「日本のことはもう忘れた、あの国には何もない、もはや死んだ国だ」
「われわれには敵はいるが、いじめるものやいじめられるものがいない」
などと語ったことをきっかけに、それを見た同年代の子供たちが親を置いて自分達だけでパキスタンへの渡航を試みます。
それも取材を受けた少年が制止を聞かないメディアに発砲したことで急速に話題から姿を消していきますが、水面下では確実に日本でのいじめや不登校は増え続けているようでした。
日本の経済的な危機
舞台となる2002年の日本では失業率が7%を超え、円の価値は150円まで下落しています。
世間が国債などの金融問題に目を向けている間にも、中学生たちはインターネットを通じて既に動き出していました。
彼らは新学期を皮切りに集団不登校を始め、ASUNAROというネットワークを築き上げていきます。
学級崩壊や少年犯罪、もちろんいじめの問題も、大人たちは学校と文科省と親との間で醜い押し付け合いをして責任のたらい回し。
そんな嘘つきで旧態依然とした大人たちの姿に絶望し、彼らは彼ら自身で歩く道を模索していきます。
その結果、ついにはベルギーのニュース配信会社と結託して巨額の資金を手にし、国際資本と堂々と戦うまでに成長を遂げます。
中学生たちが作り出す未来
大人に頼らずにやっていけるだけの資金や組織力を手に入れた中学生たちは、北海道に希望の国を建てようと動いていきます。
- 風力発電
- バイオ研究所
- 広大な農場と牧場
- 集合住宅
- 公園やスポーツ施設
- ASUNAROの情報発信基地
莫大な土地を買い、そこにある十数の市町村と協力し、新しい街を作るのです。
そして最終的には、北海道で地域通貨を電子マネーで発行するまでに至ります。
『希望の国のエクソダス』を読んだ感想
この本は出版された当初と、その後の時代とで、読むときの情勢によって大きく印象が異なるでしょう。
しかしやはり凄いところは、これがリーマンショック以前に書かれているという事実。
作者の取材力の高さと先見の明には本当に驚かされます。
リアリティのある少年たち
こんなとんでもない偉業を成し遂げてしまう少年たちですが、描かれているのは非常にリアリティのある、思春期真っ只中の中学生です。
小学生よりも少し世界が見えてきて、でも高校生ほど落ち着いてもいない。
多感な時期だからこその発想力と行動力が、大きな変革も可能にしています。
- 普通とはなんなのか?
- だれがいじめの責任をとるのか?
- なぜ未成年は親の許可がないと何もできないのか?
- いい学校に通って、いい大学に進んで、いい会社に就職すれば幸せなのか?
彼らの疑問はとても素朴で自然なものであり、それを真剣に突き詰めて、解決するための勉強をし、どんな行動を起こしていけば現状を変えられるのか。
大人が見せてくれない解決法を、子供たちで模索していった1つの結果が本書の結末です。
説得力のある舞台設定
日本ではバブル崩壊後に長らく不景気な時代が続いています。
経済は停滞し、国債は膨れ上がるばかり。
一方で学校内でのいじめや少年犯罪は徐々に凶悪化を見せています。
いったい何を見本にして、どのように生きればいいのか。
誰も答えがわからない、閉塞感の中で生きている現代社会において、この作品で描かれている世界は真に迫るものがあります。
とはいえ、ここに書かれていることは1つの事例であって、現実に持ち込んだら上手くいくかと言われればそうとも言えません。
これを読んだ人たちが改めて自分たちの生きる時代と向き合い、考えさせられる部分です。
描かれている希望と絶望
この物語が中学生たちが自身の希望の国を作ろうとする脱出劇であるため、子供たちにとっては希望のある話かもしれませんが、一方で残された大人たちにはある種の絶望を感じさせる部分もあります。
時代の移り変わりには、急速で大胆な思想の転換が起こったりします。
そういったときに、柔軟な頭を持ってついていくことができるかどうか。
希望と絶望というのはどうしても表裏一体な部分があり、切っても切れない関係です。
ここにはもうこれ以上のものはない、という絶望の中で、その外へと希望を探しに行く中学生たちの姿に希望を見るのか、絶望をみるのか、それもまた読者次第なのかもしれません。
『希望の国のエクソダス』はどんな人におすすめ?
取り上げているテーマは金融や経済、教育問題と決して軽くはありませんが、文章はかなりわかりやすく丁寧に書かれており、専門知識がなくても十分に楽しむことができます。
- 金融問題に関心がある人
- 教育問題に興味がある人
- 日本の現状に不安や閉塞感があると思う人
出版後、何年経っても色褪せることのない内容と、引き込まれる展開や台詞の数々。
社会問題なんて自分にはどうにもならない、小難しいことはわからない、そう思う人であっても、社会を変えるとはどういうことなのか、少しでも考えてみたいなと思えるのであれば、ぜひこの本を手に取って欲しいと思います。
おわりに
村上龍という作家によって多くの取材と先見性の上に描かれた物語。
ハードカバーで400ページを超える長編小説ですが、何度も読み返したくなる、その価値を感じる1冊だと思います。
端的に中身を言ってしまうのであれば、デジタルネイティブ世代による脱出劇と建国記とも言えるかもしれません。
しかし内容は決してファンタジーなものではなく、極めてリアルです。
今中学生の人も、かつて中学生だった人も、読んで得るものがある1冊になると思います。
著:村上 龍
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