あってはならない感情なんて、この世にない。それはつまり、いてはいけない人間なんてこの世にはいないということだ
『正欲』本文より引用
多様性という言葉が浸透してきた現代の中で、本当の意味での多様性とは何なのか。
正しいとは何か。
正しいと判断するのは誰なのか。
正しいということへの常識が目まぐるしい速度で変化していく現代において、自分が持つの価値観について今一度考えたい方におすすめの一冊です。
著:朝井リョウ
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『正欲』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 正欲 |
著者 | 朝井リョウ |
出版社 | 新潮社 |
出版日 | 2021年3月25日 |
ジャンル | 人間ドラマ |
本作は、「桐島、部活やめるってよ」「何者」などで知られる朝井リョウさんの作家生活10周年記念作品、渾身の書下ろし長編小説です。
センシティブな題材を取り扱ながらも、現代の多様性という価値観に対して人々の心に訴えかける作品です。
『正欲』のあらすじ
本作は主に3人の人物の物語です。
それぞれの物語は並列に進行していきますが、ある事件をきっかけに交じり合います。
正しいって何だろう?
世の中の価値観について改めて問いただす作品です。
”絶対的な価値観を持つ検事・啓喜”
検事として「社会のレール」から外れた人間から被害者を守るということに尽力する啓喜。
啓喜は法律を自らの価値観としており、自分の価値観から外れた人間を世の中から排除することに奮闘しています。
そんな啓喜は不登校になった息子がいました。
小学校には通わずYouTubeで稼ぐことに決めた息子は啓喜にとっては社会のレールから外れた人間でした。
そんな息子を”正しい方向”へとなんとか導こうとする啓喜ですが、息子だけでなく妻との関係も悪化していきます。
”世の中とは一定の距離を保つ・夏月”
寝具店で働く容姿端麗な女性、夏月。
夏月は常に他人と一定の距離を保っており、自分の事についてはあまり話したがりません。
彼女が寝具店で働いている理由は
「睡眠欲は自分を裏切らないから。」
そんな夏月には他人には決して言うことできない秘密がありました。
中学の同窓会を機に、夏月は共通の秘密を抱える人物・佐々木と再会します。
夏月は生きにくい世の中を乗り越えるために佐々木と手を組むことに決めます。
”男性が苦手な女子大生・八重子”
過去に兄の部屋に入った際に見てしまったアダルトビデオをきっかけに、異性のことが苦手になった女子大生、八重子。
八重子は学祭委員であり、世の中の多様性を認めていくことをテーマとした「ダイバーシティフェス」を企画します。
LGBTQなど世の中で生きづらいと感じている少数派の人々が繋がりを持てるようにサポートすることを目指して活動していきます。
そんな八重子には異性なのに嫌悪感を抱くことがなく、好意を寄せることのできるたった一人の男子大学生、大也がいました。
大也は同性愛者であるという噂を聞き、彼のことを理解し、助けてあげようと心に決めます。
しかし、大也には”常識”では理解されないある秘密を抱えていました。
”それぞれの人物の価値観がある事件をきっかけに交差する”
「お前らが大好きな”多様性”って、使えばそれっぽくなる魔法の言葉じゃねえんだよ」
世間一般に考えられる常識という価値観を貫き通して生きていく。
自らを異端者だと認識し、それでも分かり合える人たちと共に生きていく。
どれだけ拒否されても相手を理解しようとし、多様性を信じて生きていく。
自らの価値観を他人に押し付けるのか、密かに守るのか、理解し合おうとするのか、幸せに生きるためには自分はどのような価値観を尊重するのかを考えさせられる作品です。
『正欲』を読んだ感想
正直なところ、あらすじをまとめるのがとても難しい作品でした。
それぞれの物語をそれぞれの視点で展開させていくため、どの人物に一番感情移入するべきかも読み進めながら悩む場面がありました。
それでも最後には、全ての物語がある一つの事件へと帰結することでそれぞれの価値観がぶつかり合うことになります。
それぞれの価値観に触れ、読了後に自分がどう感じたか考えることが本作品の醍醐味ともいえるでしょう。
正しいって結局何なんだろう
本作品を読了後、このような疑問が率直にでてきました。
一般論として、正しいとは啓喜の持つ価値観のことを指すと思います。
啓喜は名前の通り、(啓:教え導く、喜:喜ぶ)他人に自分の価値観を教え導くことに喜びを感じているのだと思いました。
しかし、自分のなかでの正しさを貫き通した啓喜には家庭環境の悪化といった辛い現実が待ち受けていました。
一方で、多様性が叫ばれる現代においてもなお理解されるはずのない秘密を抱えていた夏月、佐々木、大也は圧倒的に生きづらい社会になんとか耐えながらも信じあえる仲間を見つけることができました。
そんな彼らの物語を見て、何を正しいと感じて生きていくべきなのだろうと考えさせられました。
少数派であることへの不安
この作品を読んでかなりドキッとしたシーンがありました。
ーみんな、不安だったのだ。
ーまとも側の岸にいたいのならば、多数決で勝ち続けなければならない。
本作のこの言葉には、これまでの自分の言動を見透かされているような鋭さがありました。
「LGBTは認めましょう。でも小児性愛者は理解できません。」このような風潮が現代社会のなかにはあるのではないでしょうか。
LGBTが認められていくこと自体は救われる方々も多く、素晴らしいことだと思います。
一方で、「ロリコンって常識的に考えてありえないよね。」のような意見も数多く聞く機会があると思います。
多様性を認めると言いつつ、自分たちが理解できないようなマイノリティ側の意見を持つ人間を徹底的に排除しようとする動きは未だに数多くあるということなのではないでしょうか。
しかしながら、すべての人の考えを尊重し小児性愛者を否定しない世の中になったとして、判断力が不十分な子どもが危険さらされることは絶対あってはならないとも思います。
本作を読んでこのようなことを考えていくと、多様性とはどういう意味を持つ言葉なのかがわからなくなってくる自分にも気が付きました。
それでも、本作を一人でも多くの人が読んでそれぞれが多様性という言葉の持つ意味について今一度考えることに意義はあるのかと感じました。
それぞれの正義を持つ登場人物たち
社会のレールを強く意識する・啓喜
自らを異端者と認め、常に一歩引いている・夏月
異性が苦手であることをきっかけに、マイノリティである他者に歩み寄ろうとする・八重子
それぞれ人物がそれぞれの価値観を持っています。
物語を読み進めるのあたって、どの人物に最も感情移入していくか確かめながら読むことで本作をより一層楽しめると思います。
『正欲』はどんな人におすすめ?
それでは、本作がおすすめな人を紹介します。
- 20代以上の方
- 日常生活でマイノリティだと感じたことのある方
- 考えさせられる作品が好きな方
本作は、物語を読み進めながらもこれまでの自分の実体験と照らし合わせながら読むことが多いと思います。
そのため、20代以上の方々をおすすめします。
日常生活において何かでマイノリティだなと感じたことのある方は多いのではないでしょうか。
特に、そのことが悩みになっている方々にはすぐに手に取って頂きたい本です。
おわりに
『生き延びるために本当に大切なものとは、何なのだろう。小説家としても一人の人間としても、明らかに大きなターニングポイントとなる作品です。』
本作の著者、朝井リョウさんが「正欲」に向けた言葉です。
この言葉にあるように、この作品を読む人のターニングポイントになるような刺激的な作品であることは間違いありません。
読書を通じて物事を考えたり、刺激を受けたりしたい方はぜひ読んでみてください。
著:朝井リョウ
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