人は大切なものを失ったとき、それが原因で弊害を被ることがあります。
それはショックから過食症になったり鬱になったりと、さまざま。
ただでさえ大切なものを失うという大きな出来事があったのに、そのうえ精神を病んだりと満身創痍になってしまうわけです。
そこから立ち直ることは容易ではありません。
不屈の精神力と、そんな状況でも他人のやさしさに気づける強い心が必要となることでしょう。
本作の主人公はいったいなにを失い、どうやって立ち直るのでしょうか。
著:小川糸, 著:石坂しづか
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『食堂かたつむり』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 食堂かたつむり |
著者 | 小川糸 |
出版社 | ポプラ社 |
出版日 | 2010年1月12日 |
ジャンル | 人情ドラマ |
本作は『ツバキ文具店』の著者である小川糸のデビュー作です。
賛否両論がありましたが2010年には実写映画化もされ、話題の作品となった過去を持っています。
総ページ数は約250ページで、非常に読みやすくまとまっていました。
『食堂かたつむり』のあらすじ
主人公の倫子がバイト先から帰ると部屋のなかはもぬけの殻となっていました。
同棲していたインド人の恋人がすべての家財道具を持って消えたのです。
大好きな祖母から譲り受けた料理道具の一切合切まで持っていかれてしまった倫子は、ショックから声を失ってしまいました。
唯一残されたぬか床を抱えて、失意のまま故郷へ帰ります。
大嫌いなおかんに借金をして、村人たちに助けられながら倫子は食堂をオープンするのでした。
その食堂にはさまざまな人たちがやってきます。
愛した男性が亡くなった何年も前からずっと喪に服したままのお婆さん。
甘酸っぱい恋をしている高校生の男女。
駆け落ちのすえに食堂へたどり着いたゲイのカップル。
今日はどんな人がやってくるのでしょう。
食堂かたつむり、オープン
失意にのまれた倫子が故郷に帰り、これからどうしようかと無花果の木に登り考えていると、かつて臨時で小学校の職員をしていた大柄な男性の熊さんが声をかけてきます。
「あれれー、もしがしてりんごちゃんでねーの?」
倫子の故郷の人たちはなまっているので、倫子はりんごと発音されるのです。
自分の名前が好きではない倫子はこの事実に少しだけ救われていました。
熊さんはその後、倫子が食堂をやるのだということでいろんな手伝いをしてくれました。
おかんが住む母屋には立派過ぎる物置小屋があり、倫子はその物置小屋を借りて改装し、食堂を営むつもりでいたのです。
おかんはエルメスの世話をすることなどを条件に、オーケーを出しました。
そして筆談する倫子と同じように紙にこう書き記しました。
【途中であきらめずに最後までやりなさい。】
こうして倫子はなんとか自分の店、〈食堂かたつむり〉をオープンすることとなったのです。
すべての人に寄り添う料理
倫子がつくる料理はやってくる人みんなの心を癒しました。
料理に対する倫子の姿勢はあまりにも真っすぐで、食べると願い事が叶うという噂がまことしやかに囁かれるようになりました。
1日1組限定の〈食堂かたつむり〉では食事をする前に倫子と客か面談をします。
倫子は客の人柄や過去などを見て聞いて、どんな料理がふさわしいかを考え料理をつくります。
「サトル君と、両想いにしてもらえませんか?」
ある日、桃ちゃんという女子高生が真っすぐにそうお願いしにきました。
面談をして、当日食堂にやってきた桃ちゃんとサトル君。
倫子はその日使う食材を実際にふたりを見てインスピレーションで決めようと思っていました。
サトル君が巻いていたマフラーが綺麗な芥子色だったのでかぼちゃを選び、桃ちゃんのかわいらしい頬っぺたから連想した林檎も使います。
それから窓の向こうの美しい夕焼けを表現するために人参を……。
倫子が想ってつくった料理を食べて、可愛いふたりの関係はどのように変化するのでしょうか。
母娘のすれちがう想い
倫子はおかんが不倫して生まれた子だから倫子と名付けた、倫子の倫は不倫の倫だと聞かされていました。
おかんは村に大きな家を持ち、自宅のそばにはスナック・アムールという店を持っています。
堅実に生きる祖母とはちがい自由奔放なおかんのことを、倫子はずっと嫌っていました。
しかし村へ帰ってきて〈食堂かたつむり〉で料理や人と向き合ううち、倫子とおかんのあいだにあった誤解や溝がなくなろうとしていました。
おかんの子じゃなければいいのに。
どこかで本当の母親が今も私を探しているのではないか。
そんなことを考えることもあった倫子は無事おかんと気持ちを通じ合わせることができるのか、確かめてみてください。
『食堂かたつむり』を読んだ感想
料理が、食べることが、人をしあわせにするということ。
それは人間が進化するなかで得たとても尊い事実です。
そして本作を読んで得られるものはそれだけではありません。
立ち直ることの強さ
家財道具すべてと、倫子の宝物でもあった料理道具の一切を持って、突然姿を消したインド人の恋人。
ぬか床は無事だったものの、あまりにも多くのものを一度に失った倫子でした。
ショックで声が出なくなることも当然と言えます。
故郷へ帰り、大嫌いなおかんや懐かしい村の人たちに助けられながらではありますが、倫子は自暴自棄になることなく食堂をオープンしました。
まさに不屈の精神です。
家財道具も調理器具も財産も、持っていたものはすべて失くした。
けれど、私にはこの体が残っている。
たとえ衣服を剥され素っ裸にされたとしても、私は料理を作ることならできる。
倫子はそのように考えました。
〈料理〉の本質
倫子が教えてくれたことのひとつに、料理というものの本質があります。
生き物の命をいただく行為であること、私たちはその命のうえに生きていること。
本作には生々しいと殺現場の描写もあります。
しかしその残酷とも言える描写があることで、それまで倫子がつくってきた料理の意味、ありがたさが伺えるのです。
ほのぼのとした雰囲気の小説に入り込まれたそれらのシーンは強いメッセージ性を孕んでいました。
他人のぬくもり
調理する材料へ真摯な態度を示す倫子や、あたたかくまじめな祖母、愛情の与え方を知らなかったおかん。
突然村へ戻ってきた倫子の手助けをしてくれる熊さんに、〈食堂かたつむり〉を訪れる訳ありの客たち。
みんな同じように根っこはあたたかい人たちでした。
倫子は自分を裏切ったインド人の恋人を責めるようなことはありませんでしたし、おかんもそんな倫子を家から追い出すことはしませんでした。
熊さんはいつも話せない倫子の気持ちを汲み取ってくれます。
異物混入をでっち上げられたこともありましたが、倫子はめげずに前を向くのです。
他人のぬくもりは人を育て守るのだと、私は知りました。
『食堂かたつむり』はどんな人におすすめ?
調理をする際に倫子が食材たちと心を通じ合わせてどう調理されたいかを聞いたり、〈食堂っかたつむり〉で食事をすると願い事が叶うという噂を信じて客がきたり。
少しだけファンタジーチックな面もあるのが本作の魅力です。
そんな小説をおすすめしたい人といえば、
- 失恋に囚われている人
- 幻想的な描写が好きな人
- 心あたたまる作品が読みたい人
などなどでしょう。
おわりに|失ったものの代わりに得たたくさんの宝物を抱いた倫子
25歳という若さでたくさんの苦難を乗り越えた倫子ですが、きっとこれからも壁は立ちはだかるのでしょう。
それでも彼女は不屈の精神を持ち、愛する料理の神様やたくさん縁者に守られながら、食材に祈りをこめるのです。
一度くらい行ってみたいものですね、倫子に会いに、そして料理を食べに……。
彼女はきっと誰がやってきてもやわらかい笑顔で迎えてくれるのだと思います。
ここ、食堂かたつむりの、世界にひとつしかない厨房で。
〈食堂かたつむり〉は今日も客を待ってオープンしていることでしょう。
著:小川糸, 著:石坂しづか
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