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『図書室』の感想|思い出すのはセピア色の時間

老いを意識することはあっても、生活にこれといった不安もなく一人暮らしをしている50代の女性。

ある雨の日曜日。

ぼんやりとしながらコーヒーを淹れていると昔のことが目に浮かんできます。

母のこと、猫たちのこと、図書室であった少年と地球の終わり。

静かな語り口で情感が漂う文体と、テンポのいい大阪弁の会話が交じり合い、奥行きのある物語になっています。

作者は社会学者の岸政彦。

初めての小説『ビニール傘』が芥川賞、三島賞候補となり、本作『図書室』でも三島賞の候補となりました。

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『図書室』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトル図書室
著者岸政彦
出版社新潮社
出版日2019年6月25日
ジャンル純文学

何かの切っ掛けで「時の箱」を開けてしまうように、昔の記憶がよみがえることはないでしょうか。

主人公の美穂も何気ないことから子どものころの記憶がよみがえります。

感傷に流されることなく淡々と静かに、ユーモアも交えながら語られる記憶はどこか切なく、愛おしささえ感じます。

『図書室』のあらすじ

今を生きる50代の美穂と、社会人になってからの思い出、そして小学生だったころの記憶が交差し、静かな波がたゆたうように物語は進んでいきます。

猫と母の匂い

10年前に男と一緒に住んでいた部屋を出て一人暮らしをしている美穂。

自分には安定した仕事があり、きちんと年金や保険を納め、少ないが貯金もある。

世間では中年女の一人暮らしをあれこれ言う人もいるが、生活に不安はない。

他には何もいらないと思っています。

しかし、ある雨の日曜日。

ぼんやりと雨を眺めているうちに猫が欲しくなります。

どんな猫でもいいから徹底的に幸せにしてやりたい。

手足を伸ばし、ぐっすり眠る猫を見ると、自分もとても幸せな気持ちになれる。

何かを溺愛するということを久しくしていない美穂は、振り回されたり、たまに泣かされるほど何かを溺愛したいと思うのです。

小学生のころ、学校から帰ると猫を抱き上げ炬燵にもぐりこんでいたことを思い出します。

炬燵の中は母と自分と猫の匂いがします。

けっしていい匂いではないけれど、美穂を安心させる匂いです。

猫のお腹に顔をうずめて匂いを吸うのも美穂のお気に入りです。

猫の匂いをかぐと満ち足りた気分になるのです。

「私は愛されていた」

母と美穂は風呂も付いていない小さな長屋で慎ましく暮らしていました。

スナックで働く母は、作り置きができるカレーやおでんをよく作りました。

カレーはいつも粉っぽくざらついていましたが、それでも美穂は母が作るカレーが好きでした。

50代になった美穂は思います。

「私は母から愛されていた。そして私も母が大好きだった。でも母の人生には私の愛だけで十分だったのか」

と。

美穂が中学を卒業する直前に突然母は亡くなります。

図書室。少年と出会う。

美穂が小学生のころの土曜日は「半ドン」と呼ばれ午後から授業がありませんでした。

土曜の昼は母親が二日酔いで寝ていることが多いので、公民館の図書室に通うようになります。

何かと気を遣う友達も、めんどくさい男子もいない静かな図書室。

クラスの誰も知らない場所で本を読むのは寂しさと自由な気持ちが入り交じり、ちょっと大人っぽいことをしている誇らしさも感じます。

カビと埃の臭いがするけれど、壁一面ガラスの図書室には中庭から柔らかい光が差し込み、美穂のお気に入りの場所となりました。

ところがある日、いつものように図書室に行くと美穂がいつも座っているベンチに小柄な少年がいました。

少年は本に顔を突っ込むように読んでいます。

隣のベンチには昆虫記や宇宙の秘密、世界の怪談という本が積んであります。

小学生の女子特有の「男子に対しての嫌悪感」が強い美穂にとって、くだらない本を読んでいる男子に自分の場所を取られたことが腹立たしく、別の場所で読むことにしました。

しかし、少年が見せたちょっとした親切な態度に、クラスの乱暴な男子とは違うと思い直し、何度か図書室で会ううちに話をするようになります。

人類の滅亡から逃れるために

大阪の空に寒気が居座り、寒さで顔が痛くなるような日でした。

あと数日でクリスマスがやってきます。

図書室に行くと少年はいつものようにベンチに本を積み上げて読んでいました。

黙って隣に座った美穂に少年は言います。

「太陽って、いつか爆発するねんで」

美穂は、ふうん、とだけ答えましたが、なんとなく話の続きが聞きたくなります。

少年はこれから太陽がどのように大きくなり、地球が飲み込まれていく様子を真剣に説明しました。

「もうめっちゃ暑なんのちゃうかな地球。今より10倍くらいのやつが空に昇ってくるねん」

太陽がどんどん大きくなり、熱くて死ぬ。

木造の家もビルも鉄もコンクリートも焼けてしまう。

笑いながら聞いていた美穂も世界中の人類ぜんぶが死に、自分だけ生き残って生き延びるためにはどうしたらいいのか気になってきます。

その日夜、美穂は考え想像します。

人類が滅びたあとで、さまざまな困難を乗り越える。

スーパーに忍び込み、畑を耕したり淀川の魚を釣ったりして、なんとか生きていこうと。

それからも少年と美穂は図書室で会うたび人類の滅亡について話し合います。

二人にとって深刻な問題となっていたのです。

人間がいなくなったあとの動物について。

人類が滅亡したあと、たった二人でどうやって生きていくか。

風が強く寒い大晦日。

少年はなけなしのお小遣いで人類が滅亡しても二人で暮らしていけるようにスーパーで食料を買います。

「みんな死ぬんやで。ふたりで生きるねんで」

二人は拳を握りしめ、見つめあい黙って頷きました。

大量の食料を引きずるように持ちながら、誰もいない地球で二人だけで生きていく場所へと歩きだしました。

『図書室』を読んだ感想

心がしんとなるほど余韻の残る小説です。

これから何度でも読み返すであろう愛おしい物語でした。

大阪弁のテンポのいい会話が楽しい

美穂と少年の会話を読んでいると、子どもはどうしてこんなことに真剣になるのだろうと笑ってしまいます。

私も子どものころは世界の七不思議のような本を読んで友達と盛り上がっていたことを懐かしく思い出しました。

子どもにとっては重大な問題だったりするのです。

テンポのいい関西弁もおもしろいですが、何度も同じ話を繰り返す会話が子どもらしく、愛しくなります。

そして、人類滅亡後に二人だけで生きていくために選んだ食料のチョイスに「なるほど」と感心しました。

愛されていたという記憶が生きていく糧になる

母と暮らしていたころの美穂の生活は決して裕福なものではなかったけれど、母から愛されていた、自分も愛していた、と言い切ります。

小学生から50代になるまで、美穂は自分の人生にそれほど期待を持たずに生きてきたように思えるのです。

そんな人生の中でも母への思いだけははっきりと自覚し、確かなものだと信じています。

特に波風のない人生を送り、中年になっても変わらず平穏な暮らしをしている美穂ですが、「愛されていた」という意識は、ひとりでも生きていける糧になっているのだろうと思いました。

終盤の切なさ

地球が滅亡しても自分たちだけは生き残れるようにたどり着いた小屋で、将来のことを話し合う少年と美穂。

小学生の二人は、彼らなりに家族を作り生活していこうと決めていきます。

このときの話し合いを読んでいると、なぜか切なくなるのです。

物語の終盤で、美穂が何よりも欲しがっていた「命あるもの」との出会いに結びつき、切なさが増していきます。

『図書室』はどんな人におすすめ?

『図書室』をおすすめしたいのはこんな方です。

  • ノスタルジックな小説を読みたい方
  • ちょっと切なくなるような大人の物語を読みたい方
  • 作者の初めての小説『ビニール傘』を読んでから、気になっている方

中編くらいの小説です。

小説とともに収録されている自伝エッセイ「給水塔」もおすすめです。

大阪に住んでいらっしゃる方、または住んでいたことがある方なら懐かしく読めるのではないでしょうか。

おわりに

美穂は小学生のころから地味なグループにいました。

早くに母親を亡くしますが、親戚の助けを借りて学校を卒業し社会人となります。

男性と猛烈な恋愛をするわけでもなく、大きな波風もなく、淡々と暮らしてきました。

人生の中に情熱的な時間がなくても、「あれはよかった」と自分を肯定できる思い出があるのは幸せなことです。

セピア色に褪せてしまった記憶の中に、今の自分を助けてくれる「何か」があるのかもしれません。

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