白く凍った海の中に沈んでいくくじらを見たことがあるだろうか。
冒頭、こんな文章で物語は始まります。
孤独で、助かることはないそのくじらの映像を、じっと見ている少女がいました。
この物語の主人公は、周りに本当の自分を見せることを極端に嫌がり、
他人の分析ばかりしている、少し寂しい高校生。
読み始めは、そんな彼女に反感を抱くかもしれません。
しかし、周りだけではなく自分のことも軽く見ています。
どんな場所にも対応できるのに、どこにいてもそこを自分の居場所だと思うことができない。
優しい光に照らされるような希望溢れる物語です。
著:辻村深月
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『凍りのくじら』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 凍りのくじら |
著者 | 辻村深月 |
出版社 | 講談社 |
出版日 | 2005年11月8日 |
ジャンル | S(少し)F(不思議な)青春小説 |
『凍りのくじら』は、辻村深月さんの青春小説ですが、今回ジャンルに、SFとつけたのには理由があります。
詳しくは、作品の目次を見ていただけると一目瞭然。
何と、章ごとのタイトルがあの『ドラえもん』の秘密道具になっているのです!
著者が『ドラえもん』の大ファンであることから生まれた長編小説。
「SF」のことを、「少し不思議な物語」と話した、『ドラえもん』の作者の言葉によって突き動かされている主人公のせつなくも力強い物語となっています。
『凍りのくじら』のあらすじ
主人公の女子高校生、芦沢理帆子は、藤子・F・不二雄を尊敬し、その作品を好んでいます。
学校や外でも友人が多く、周りからは親切でいい子と思われていました。
ですが彼女は、人の心を読み、愛想よく振る舞うことが得意なだけ。
どこにいても、そこを自分の居場所だとは思えないでいます。
別所あきらとの出会い
放課後の図書室で、本を読んでいた理帆子。
声をかけてきたのは、知らない先輩の別所あきらと名乗る人物。
理帆子をモデルに、写真を撮らせてほしいというのです。
彼女の父親は有名な写真家、だから頼むのかと聞き、
理帆子は、自分が捨てられた娘であると話します。
甘やかされて育った元彼
理帆子に、司法浪人生である元彼の若尾大紀から呼び出しが。
周りから甘やかされて育った若尾は、とても弱いのにプライドだけは高く、少し狂気じみている男です。
プレゼントと言って、スロットで貰った大量のお菓子を机にばらまきます。
彼女が喜んでくれるということを疑いもしないで。
どうしてそんなに弱いの。頼むよ、しっかりしてよ。
飲食店で、怒りと恥ずかしさを感じながら、結局、理帆子は本音を言えません。
病気の母親の見舞いに自分も行くと言いだし、まるで言葉が通じない彼に愕然とします。
話せない子ども
父親の友人で、世界的に有名な指揮者、松永純也は、病気の母親を持つ理帆子を気にかけてくれる存在です。
松永の私生児である小学4年生の少年、郁也と知り合いになった理帆子。
誕生日会に招かれ、言葉が話せない郁也と『ドラえもん』を観ます。
久しぶりの穏やかな、自分らしい時間でした。
若尾の狂気
理帆子が郁也と仲良くなった頃、若尾が、理帆子の友人に暴力をふるったという情報が耳に入ります。
言い訳ばかりで、全く空気の読めない若尾。
ついに、理帆子はキレてしまい……。
「無条件に甘やかしていいのは子どもだけで、子どもだってきちんと自分の足で歩こうとしてるんだよ。若尾は、子ども以下だ。私にはもう、優しくできない」
数日後、連絡を絶ったはずの若尾が、理帆子に電話をかけてきます。
それは、郁也を連れ去ったというもので……。
『凍りのくじら』を読んだ感想
10代の頃のヒリヒリするあの孤独感を、私は昨日のことのように思い出すことができます。
その場で浮いてしまわないように周りに合わせる。
楽しいふりをしていても、心はいつも寂しい。
居場所がどこにもないような気がしていたあの頃を、決して忘れることはありません。
主人公の理帆子のような極端さは珍しいかもしれませんが、彼女の孤独を私は痛いくらいに理解することができるのです。
少し・不在の孤独
理帆子は自分の個性を、SFになぞって「少し・不在」と表しています。
場の当事者になることが絶対になく、どこにいてもそこを自分の居場所だと思えない。それは、とても息苦しい私の性質。
人生を達観していて、本当の意味で人が好きだと思えていない、自分が出せない少女。
彼女が少し歪んだ性格なのは、病気の母親と、失踪して行方不明となった父親の存在が大きな要因となっています。
これほどの境遇で、何ともならない方がおかしな話です。
特に、10代という繊細で多感な年齢の彼女が、どれだけの孤独を抱えていたのか想像するだけで、胸が張り裂けそうになりました。
物語を照らす『ドラえもん』の秘密道具
概要で触れましたが、今作は話の所々に『ドラえもん』の秘密道具が登場します。
この物語の鍵を握っている、理帆子と彼女の父親が大好きな作品。
辛い展開や、せつない出来事のなかに、ひょいと登場するのが癒しです。
『ドラえもん』を知らない人は、日本にはほとんどいません。
ですので、ストーリーが進むごとに、おや、と発見が。
そんな優しい楽しみも隠されています。
伏線回収と理帆子を照らした光
少し不思議な青春小説、と表したようにこの物語には、ある仕掛けがあります。
第10章の四次元ポケット、でその謎は明らかとなり、大きな驚きと感動に包まれることに。
私はその場面を読んだとき、声にならない呻き声を出しました。
もう少し早く気がつけたはずだ、とも。
もうひとつ、理帆子は、始めのプロローグでこんなことを言っています。
そして、その光を私は浴びたことがある。声に出さず、心の中で付け加える。
誰も信じないかもしれないが、もう何年も昔、私はそれに照らしてもらったことがあるのだ。
大人になった理帆子が、当時を思い出している場面。
彼女が照らしてもらった光が何だったのか、それを知った瞬間、私自身も強く眩しいくらいの光を浴びたような気持ちになりました。
ここまで考え抜かれた物語に出会えて、嬉しくて仕方がありません。
『凍りのくじら』はどんな人におすすめ?
10代の孤独と成長を美しく描いた『凍りのくじら』を読むなら、
- 自分は孤独だと感じることがある
- 感動に包まれる優しい物語が読みたい
- 『ドラえもん』が大好き
以上の方に、特におすすめします。
『ドラえもん』好きは、気分が盛り上がること間違いなし。
そして、誰もが経験する10代の孤独が、痛いくらいのせつなさで描かれていて、驚きます。
さらに、予想できない結末に何度もページを読み返すことになるでしょう。
おわりに
理帆子が照らしてもらった光とは、なんだったのか。
なぜ、『ドラえもん』でなくてはいけなかったのか。
全ての答えは、この物語の中にあります。
居場所がないと、日々孤独を感じる全ての人へ。
誰かの傍にいたいとそう思ったのなら、それを口にしていいのです。
私が彼女から教わった優しい真実のことを、多くの人に知ってもらえたらとそう思っています。
著:辻村深月
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