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『偶然の祝福』感想|奇妙な偶然に救われ祝福を授かる小説家の過去と現在

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世界は偶然と必然、どちらでできているのでしょうか。

悲しい出来事は偶然だったと割り切って、嬉しい出来事は運命のように必然だったと思い込んで生きることは、なにもみんながみんな現実から目を逸らしているわけではありません。

どちらにせよ我々人間はその出来事を受けとめるしかないのですから、けっきょくどう考えたほうがより生きやすいかという話なのです。

確実なのは奇妙な偶然と必然を経て出来上がったいまの自分は、とても素敵だということです。

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『偶然の祝福』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトル偶然の祝福
著者小川洋子
出版社角川
出版日2004年1月23日
ジャンル非日常系連作小説

主人公は過去に受けたあらゆる祝福、または呪いを思い出しながら執筆作業をしていました。

時には自己嫌悪にのまれ、時には失ったものに想いを馳せ、そして時には深い森の底で時計を作りながら。

数奇な運命と偶然の先で、主人公はかけがえのない今を手に入れます。

本作品は7編からなる連作小説なので、読みやすいでしょう。

『偶然の祝福』のあらすじ

主人公の女性は過去に失ったもの……伯母や弟といった身内、リコーダーや万年筆といった私物をひとつひとつ丁寧に思い出し、いかにそれらが彼女のなかで大切であったかを教えてくれます。

彼女はその人たちやものたちのことを、とても愛していました。

その愛は失った悲しみをこえて、彼女へと還っていきます。

孤独とともにある彼女は愛が連れてきた偶然の祝福に救われるのでした。

祝福を望み授かる者、それを還す者

主人公の女性は現在赤ん坊の息子とレトリバーのアポロと暮らす小説家です。

執筆を進めるなかでたびたび、自分がひどく傲慢で滑稽な人間に感じる発作に苛まれることがあります。

そういうとき、彼女は失踪者たちの王国について想いを馳せました。

一種の現実逃避なのでしょうか、彼女は素晴らしいその王国の風を感じて、前に進みます。

過去の彼女のそばには孤独な伯母や失くしものを取り戻すことが得意なお手伝いさんのキリコさん、書き上げた小説を送るとたっぷりの感想を返してくれる弟、神経質な指揮者の恋人がいました。

運命が導くところ

あらゆる運命は偶然の仮面をつけて彼女の前に現れます。

伯母の姿をしていたり弟の姿をしていたり。

失踪した者やものたちとの思い出は確実にいまの彼女の手を引きよいところへ導きます。

映画のなかにある偶然の祝福に対して彼女は畏敬の念さえ覚えるというくらい、感動を覚えました。

自分に与えられるそれがどんなものなのか、心を躍らせて……。

そうして確かに祝福されるいまの彼女は変わらず過去を思い出すのです。

失踪者たちの王国

7編のうち1編目のタイトルが『失踪者たちの王国』です。

失踪者たちの王国、それはどこよりも素敵な場所で、しかし誰でもたやすく行ける場所ではないそんなところでした。

19のころに伯母は彼女の前から姿を消してしまい、それが彼女にとって初めて失踪の偶然が自分の身内にまで至ったときでした。

白髪のおかっぱを揺らし杖をつき、嘔吐袋をコレクションしていた伯母。

彼女は語ります。

伯母は失踪者の王国に愛された人だった、一族のなかで伯母ほど失踪者に相応しい者はいないのではないか、と。

王国がそばにいてくれる気がする彼女は原稿用紙に向き直るのでした。

『偶然の祝福』を読んだ感想

一貫して美しい文章で書かれる幻想的な彼女の過去といまは愛で出来ています。

偶然の祝福に愛された彼女の人生はガラスのように脆く艶々しているようです。

小説を書くことが好きというより、それ以外に生きていく術がないとでもいうような彼女の生きざまは読む人すべてに喪失感と励ましを与えてくれるでしょう。

すべてが偶然の先に

先ほどこの世は偶然と必然のどちらで出来ているのかと書きましたが、この本を読んでいるとすべてが偶然の産物であると断言したくなるほど、彼女の世界は偶然に愛されていました。

リコーダーを失くしたときも万年筆を失くしたときも、飼い犬のアポロが病気のときも彼女は偶然に救われます。

それは彼女が幼いころに映画館で心躍らせた、偶然の祝福なのでした。

過去もいまも彼女は偶然の祝福に励まされ寄り添われます。

祝福とも呪いともとれるそれに。

掴みどころのない文章

小川洋子の耽美であたたかい文章、雰囲気が遺憾なく発揮されています。

ものの例えが美しく繊細で、触れると壊れてしまいそうな危うさは江國香織の描写と少し似ているかもしれません。

本作品も読んでいて、しっかりとその活字は目で追っているのに不思議と頭のなかからすり抜けていく感覚がありました。

熱に浮かされたようななかで読むこの本はつめたくてあたたかくて、けれど掴めない……そんな文章でつくられています。

『偶然の祝福』はどんな人におすすめ?

儚く美しいものに例えられる文章はわたしの想像力を掻き立てました。

その文章をどう捉えどう解釈するかは読み手の自由ですから、その曖昧でふわっとした描写をいくらでも好きなように頭のなかで想像できるのです。

どこか神秘的な小川洋子の世界を、鳥のように自由に飛べるのです。

なので、わたしはおすすめしたい人に、

  • 空想が好きな人
  • 想像するのが得意な人
  • わかりやすいオチがなくても大丈夫な人

などを選びたいと思いました。

おわりに

物語性はあまりないかもしれませんが、そのぶん文章が素晴らしいのがこの本のいいところです。

純文学に近いものがあるのではないかと、わたしは思います。

それでいて大衆小説のような娯楽性がないわけでもないことも、ひとつの魅力でしょう。

本作はたくさんの読者が言っているのですが、主人公の女性が作者である小川洋子本人と被ることが多々あります。

そういう視点で見ると、この小説は小説と言うよりも私小説なのかもしれません。

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