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『劇場』感想|芥川賞作家の芸人が贈る、あまりに切なく苦しい恋愛小説

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一番会いたい人に会いに行く。

こんな当たり前のことが、なんでできひんかったんやろな。

この本の代名詞と言える、主人公の台詞です。

本の帯でも、実写映画でも、この台詞は大々的に表に出されています。

この台詞に込められた胸が張り裂けそうな切なさは内容を知らなくとも感じることができるでしょう。

芸人のピース又吉直樹が書いた初めての恋愛小説は、だれかを想うことの苦しさや切なさを丹念に表現しています。

ふと大切なあの人に会いに行きたくなる、そんな本でした。

著:又吉直樹
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『劇場』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトル劇場
著者又吉直樹
出版社新潮社
出版日2017年5月11日
ジャンル少し変わった恋愛小説

火花』で芥川賞を受賞したお笑い芸人の又吉直樹渾身の恋愛小説です。

東京での成功を夢見たふたりの男女が出会い、恋をしていきます。

あまりにも不器用な恋ゆえに読者側は読んでいる最中に本を一旦机に置いてしまうのではないでしょうか。

ほろ苦さとはまた違った恋愛は、きっと又吉直樹だからこそ書けたのでしょう。

『劇場』のあらすじ

親友とふたりで上京し劇団を作った青年は、劇作家として思い通りにならない毎日を送っていました。

しかしそんな毎日のなかで、彼はひとりの女性に出会います。

実は彼女も役者を夢見て上京してきたのでした。

その出会いは、ふたりを切なく明確に変えていきます……。

東京で演劇に携わる人たち

主人公である永田(ながた)は大阪出身で、劇団を作るため高校卒業とともに親友の野原と上京しました。

ふたりの『おろか』という劇団は売れもせず、講評もひどいものばかりでした。

他人の目をおそれながら街を歩き、とある画廊を覗いていたところで出会った女性に思わず声をかけてしまいます。

その女性というのが役者になることが夢の大学生、沙希(さき)でした。

彼女は初めて永田を見て声をかけられたとき、その明るい顔に戸惑いと不安を浮かべます。

出会いこそ不自然でしたが、ふたりは次第に惹かれ合い、同棲するまでになります。

そして劇団『おろか』にはふたり以外にも戸田、辻、唯一の女性青山がいました。

しかし3人は永田のやり方に不満があり、序盤で脱退を申し出ます。

斯くしてたったふたりになってしまった劇団『おろか』は、それでも旗を降ろすことなく沙希をも巻き込みながら頼りなく活動していくのでした。

永田と沙希がつくる空間の変化

出会いは画廊、永田が初対面の沙希に声をかけたことがきっかけでした。

沙希は不審者のような佇まいの永田を怪しみながらも、気にかけカフェで時間をともにします。

間もなく収入がほぼない永田が沙希の家に転がり込むかたちで同棲がスタートします。

家主である沙希は甲斐甲斐しく永田の面倒をみていましたが次第にその空間は変化していくのでした。

ふたりの出会いからしばらくその空間は楽しくあたたかいもので、突然永田が普通の人ならば気持ち悪がるようなことを話し出しても沙希は笑い転げながら「すごい」「さすが」と称賛します。

永田も居心地が良いと感じていましたし、沙希もそんな永田がきちんと好きなようでした。

しかしそんな空間も長くは続きません。

読了後改めて振り返ると、不安定な幸せの絶頂はこれからふたりが向かう厳しく仄暗い道を示唆していたかのように感じられます。

果たしてふたりはなにがあって、どのようにして幸せを崩してしまうのでしょうか……。

社会と関わること

永田も沙希も、自分とお互いの”社会”を覗き触れることで成長していきます。

その成長のなかで大切なものを手放すこともありました。

劇団『おろか』に所属していたメンバーとのままならない関係や、沙希の親や友人の存在を意識すること、それは永田の社会性や性格、考え方を良くも悪くも揺さぶります。

例えば嫌われることが当たり前になり周りに期待をしなくなっていた永田。

沙希と出会ってから本人にはもちろん沙希の友人たちからも嫌われたくないという思いが芽生え始めました。

そういったことをきちんと意識できている永田は、きちんと自己を客観的にみられる人間なのです。

にも拘わらず意地を張り小さなプライドを傷つけられまいとする永田は、とても人間らしいです。

彼がどういうふうにそんな自分を見直していくのか、見所のひとつと言えるでしょう。

『劇場』を読んだ感想

売れない劇作家と役者を目指す大学生の恋愛物語、それはこの作品をわかりやすく説明するときのものです。

しかしいざ読んでみると、約200ページに詰まったそれはそんな簡単に説明できるものではないとわかります。

なにに関しても不器用な永田と優しさゆえ尽くしてしまう沙希、そんなふたりが新しい社会性を身に着け成長していく物語と言っても過言ではないでしょう。

それでも苦しく切ない恋愛小説であることには違いないので、単純に恋愛小説が好きな人にもぜひ読んで貰いたい一冊だと思いました。

人間らしさ

永田には人間のらしいところがたくさん詰まっています。

語り手ということもあり永田の人間性などが赤裸々に描かれるのは当然です。

読んでいるとその不器用さも素直さゆえだったり醜いところも歪んだ性格も、ぜんぶがだれよりも人間らしいのではないかと思えてしまいます。

永田にとって与えるという行為は優しさではなく欲求なのだと本人が語るのですが、それはとても人間らしいことではないでしょうか。

他人に与える優しさとはすべからく自己満足だと、わたしは考えています。

人間の泥臭さや醜さがとてもわかりやすく明確に書かれているのが本作品だと思います。

好きを貫く者への激励

好きな仕事で生活がしたいなら、善人と思われようなんてことを望んではいけないのだ。

恥を撒き散らして生きているのだから、みじめでいいのだ。

収入がなく沙希の両親が送ってくれた食料を食べながら、それでも沙希の両親に対して変なプライドを持ってしまう永田はそう語りました。

そもそも主人公である永田が周りを巻き込んでなお好きを貫こうとする人間です。

好きを仕事にしたい人はこのシーン以外にも励まされたり納得させられたりするところがたくさんあることでしょう。

順風満帆には程遠い好きを仕事にする生活を送る永田は、読者を叱咤激励してくれる存在でもあるのでした。

又吉直樹の人を惹きつける表現力

冒頭でも触れましたが、芸人コンビピースのボケ担当である又吉直樹は2015年に『火花』で芥川賞を受賞しています。

本作品『劇場』は『火花』のあとに世に出ているのですが、実は書き始めは『火花』よりも先だったのです。

本人は恋愛小説を書いていながら恋愛のことがいまだによくわかっていないらしく、けれどだからこそ書きたかったとも語っていました。

又吉直樹という人間のなかで恋愛というものは、わからないからと言って投げ出していいものではない存在なのです。

そして本作品とエッセイなどを読んでいてもわかりますが、彼はひとつのことを語るとき、とてもたくさんの言葉を使います。

それゆえくどい表現もありますが、不思議と読み進めることを妨げるようなことはしません。

内容も展開も読みやすく、しかしくどい文章でバランスよく読者を惹きつける力は、ああ本をたくさん読んできたのだなぁと感じさせられます。

『劇場』はどんな人におすすめ?

単なる恋愛小説とはまた違った味を持っていますが、だからと言って恋愛小説が好きな人におすすめしないわけではありません。

少し変わった恋愛小説の『劇場』はこのような方々におすすめしたい作品です。

  • もともと恋愛小説が好きな人
  • 多少くどい表現の文章でも読み進められる人
  • 夢を追いかけている人

むしろこれは老若男女問わずたくさんの人に読んで貰いたい、そう思える作品でした。

又吉直樹がこの本を書いた背景にも注目してもらいたいです。

おわりに|夢を追い、恋をするのはいつでも人間だけ

少しでも『劇場』の良さがわかっていただけたでしょうか。

ひとりの本好きお笑い芸人が初めて書いた恋愛小説、それはとても切なく苦しいものでした。

エッセイを読むと又吉直樹という人間の生活のなかには常に本があったことがわかります。

他人が書いた本に文章に表現に触れ、自らはお笑い芸人として人前に立つ。

そんな人がやっと自分で書いた物語にはいろんな想いが詰まっていたのです。

本作品を読みながら、それを探してみたりするのも楽しいのではないでしょうか。

もし目にすることがあれば手に取ってみてください。

そしてその重みを感じながら、ああ、あの人がこれを書いたんだと想いを馳せてみてください。

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