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『アーモンド』感想|”感情がわからない”かわいい怪物の物語

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人は誰でも頭の中に、見た目がちょうどアーモンドのような、扁桃体と呼ばれる神経細胞の集まりを二つ持っています。

扁桃体は「好き」「嬉しい」「怖い」などの”感情”を司る、重要な役割を持った場所です。

しかしこの本の主人公ユンジェの頭の中のアーモンドは、ちゃんと機能してくれません。

彼には、喜びも悲しみも愛も恐怖もほとんど感じられないのです。

大切な家族が突然襲われた時も、ユンジェにできたのはただその様子を無表情に見つめることだけ。

そんな彼が、あり余る激しい感情を持つもうひとりの怪物ゴニと出会って変わっていきます。

これはふたりの怪物の成長物語。

感情や共感、愛について大切なことを教えてくれる名作です。

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『アーモンド』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトルアーモンド
著者ソン・ウォンピョン
(矢島暁子 訳)
出版社祥伝社
出版日2019年7月11日
ジャンルヒューマンドラマ

著者のソン・ウォンピョンは、韓国で今最も注目されている作家のひとりです。

本作は、映画畑で実績を積み上げていた著者が、出産後まもなく自身の赤ちゃんに抱いた感情を元に執筆した文壇デビュー作。

韓国国内で一大旋風を巻き起こすにとどまらず、世界の複数の国と地域で翻訳出版され、日本でも【2020年本屋大賞・翻訳小説部門 第1位】に選ばれました。

映画人としてのキャリアも十分に活かされた、読みやすく映像が浮かんでくるような文章。

それをまるで最初から日本語で書かれたかのように翻訳した訳者・矢島暁子の手腕。

どちらにも脱帽せざるを得ない、ぐいぐいと引き込まれる物語です。

「人間を救えるのは結局、愛なのではないか」そんな話を書きたかった、と語る著者渾身の傑作を、ぜひ味わってみて下さい。

『アーモンド』のあらすじ

感情がわからず共感ができない子ども、ユンジェ。

彼は愛情深く育ちますが、ひどい事件のあと、ひとりぼっちになります。

理解ある大人の庇護のもとで再出発しますが、そこで出会うのがもうひとりの怪物、ゴニ。

そして、ゴニと正反対の女の子、ドラ。

彼らの登場によって、ユンジェの心は大きく変わっていくことになります。

かわいい怪物が受けた愛、そして惨劇

頭の中のアーモンド=扁桃体がうまく機能しないために、感情がわからないユンジェ。

彼は生まれたばかりの頃から笑うことがありませんでした。

恐怖も感じず、牙を剥く獰猛に吠える犬にもお構いなしで手を差し出します。

ユンジェが学校に通い出した頃から、「変」「普通じゃない」と排除されることも。

そんな彼に、母さんは「持つべき感情」や「喜怒哀楽愛悪欲」の型を必死で覚えさせます。

それは、どうか”普通に”見えるようにという母の切なる願い。

ばあちゃんも、母さんのやり方には反発しながらも、「おまえが変だと言われるのはおまえが特別だからだろ」と言い、「かわいい怪物」と呼んで彼を庇護してくれていました。

しかしユンジェのかけがえのない家族との生活は、突然奪われます。

ユンジェの15歳の誕生日、クリスマスイブ。

その日お祝いに出かけた先で、人生に疲れた男に滅茶苦茶に襲われ、母さんは植物状態に、ばあちゃんはユンジェを守って死んでしまったのです。

その時ユンジェにできたのは、ただ目の前の状況を無表情で見つめることだけ。

葬儀でも涙を流さなかった彼の中には、「どうして」という疑問だけが渦巻いていました。

もうひとりの怪物との出会い

孤児同然となったユンジェは、母さんが開いていた古本屋の二階に住むパン屋のシム博士の提案を受け入れ、古本屋で働きながらシム博士の援助を受けることに。

母さんは心を許していた元医師のシム博士に、ユンジェのことをたくさん話していました。

もしもあの子に何かあったときはよろしく頼む、とも。

そして高校生になったユンジェの前に現れたのが、もうひとりの怪物、ゴニでした。

ユンジェはまず転校してきたクラスメイトとしてゴニに出会い、数日後にゴニの母親の葬儀で再度彼に会うことになります。

ユンジェがなぜゴニの母親の葬儀に出席していたのか?

それは、ユンジェが母さんの看病で通っていた病院でゴニの父親に見込まれ、「長年行方不明になっている息子のふりをして危篤の妻に会ってほしい」という依頼に応えていたから。

そして、その長年行方不明になっていた息子こそが、ゴニだったのです。

父親は最近ゴニを見つけ出していましたが、彼が歩んできた辛く苦しい人生のせいで、手に負えない猛獣のような不良少年になっていました。

ゴニは、自分の代わりにユンジェが息子役をしたと知り、ユンジェをいじめはじめます。

しかし、ユンジェは終始一貫相手にしませんでした。

たとえゴニが苛立って決着をつけようと決意しようとも、ユンジェの態度は変わりません。

もうひとりの怪物への好奇心

ゴニがユンジェにひどい暴行を加えたことで、ゴニは停学処分となります。

ゴニの父親は、実の息子が「こんな姿で」戻ってきたことに耐えられずにゴニを鞭で打ち、周囲には謝罪を繰り返しました。

しかしユンジェに生まれていたのはゴニへの好奇心。

「自分に起きたことや世の中をもう少し理解したい。その意味で僕にはゴニが必要」という思いでした。

そしてまたゴニも、ユンジェに好奇心を抱くのです。

ユンジェの状態や過去を知ったゴニは、毎日のようにユンジェの古書店を訪問するように。

「生まれつき感情を感じられない。それは変えられない」と主張するユンジェにゴニが本気で腹を立てる”事件”も起こりますが、その経緯をユンジェから聞いたシム博士は「ゴニは君と友だちになりたがってる」と言い、「一度君のほうからゴニに近づいてみるのはどうか?」と提案。

ユンジェのほうからゴニの家を訪問したことで、ふたりの距離はより近づいていきます。

ひとりの女の子との出会いと、かわいい怪物に訪れた変化

その頃、ユンジェにはもうひとり気になる人がいました。

生きるみたいに走る、他の人とは違う、我が道を行く、イ・ドラという女の子。

ゴニが教えてくれた苦しみや痛みとは正反対のことを教えてくれる女の子です。

ある日、ドラの髪が風でユンジェの頬を叩いた瞬間、ユンジェは胸の苦しさを覚えます。

夜も眠れず、体が熱く、くらくらし、気持ちの良い感覚ではありませんでしたが、その症状を聞いたシム博士は「おめでとう。君は成長しているんだ」と言います。

ユンジェはとても戸惑いますが、自分が少しずつ変わってきているのは確かなようでした。

しかし、ドラと親しくなるにつれ、ゴニに秘密ができたように感じ始めるユンジェ。

ゴニの足も遠のき、その頃から問題児に逆戻りし始めてしまいます。

ふたりの怪物の成長

そんな時、ゴニが窃盗の犯人にされる事態が発生します。

実際は無実なのに、ユンジェにさえ信じ切ってもらえていないと感じるゴニ。

「こんなに傷つけられなきゃならないんなら、いっそのこと傷つけてやる。俺が生きてきた人生らしく強くなる。」と言って、危険な男〈針金〉の元へ。

さまざまな思いが渦巻く中で「ゴニに申し訳なかったと言わなければならない」と決意したユンジェは、「彼は僕の友だちだから」とドラに伝え、危険な男の元へゴニを救いに向かいます。

ひどい仕打ちを受けたユンジェに涙するゴニと、ユンジェの体と心に起きた信じがたい変化。

そこにはふたりの怪物の成長がありました。

『アーモンド』を読んだ感想

『アーモンド』は、人間についてのさまざまなことを考えさせてくれます。

感情、共感とは何か?愛とは?普通や平凡とは?

私にとって大事なことがたくさん詰まった、ずっと大切にしたい物語です。

感情がわかる、共感するということ

この本の表紙に描かれた無表情な少年の顔。

主人公のかわいい怪物、ユンジェそのものの顔。

その感情のない顔を見ていると、落ち着かない気分にもなってきます。

感情をうまく感じられず、人の感情も読めないというのはどういうことなのか?

良くも悪くも日々感情とともに生きている私にはうまく想像できない世界です。

対してもうひとりの怪物ゴニは、感情を持て余して押しつぶされそうになっています。

「恐怖も、痛みも、罪の意識も、何も感じられなければいいのに」と願うゴニ。

ゴニの気持ちは私にも良く理解できるものでした。

人の喜びを知り、自分も嬉しくなるといった感情は、感じたいと願いたくなる感情ですが、ゴニが感じているような怒りや悲しみ、苦しみといった感情には、人生を崩壊させるくらいの負の力が内包されているようにも思えます。

でも、ユンジェはこんな風にも語りかけてきました。

ーがらんと空いた書架の中で、心の中に小さな火種が灯った。

 行間を知りたい、文章の本当の意味が分かる人になりたい。

 もっとたくさんの人を知り、深い話を交わし、人間とは何かを知りたかった。

 「いつかは自分について文章を書けるようになるかな?」

 「自分でも理解できない僕を、人に理解してもらうことができるかな?」

感情、共感。

どんなに鬱陶しく苦しいものでも、感じながら生き続けたい。

苦しみ、痛みを覚えている人を救えるのも、感じて、共感できるからこそなのだから。

この本を読み終わった私はそう感じています。

愛についての物語

この物語の中にはたくさんの愛が溢れています。

自分の子どものためを思い、普通でいられるようにと感情を覚えさせる母。

ありのままを受け入れて、守ってくれる祖母。

ユンジェはいつも真ん中で母と祖母の手を握り、たくさんの愛情を受けて育ちました。

元医師のシム博士がパン屋を始めたのも、仕事に夢中で顧みずに失ってしまった妻への愛からです。

彼にとってはパンを作ることが、いつも彼のためにパンを焼いてくれた妻にできる唯一のことでした。

ゴニも母親への愛情を滲ませます。

ユンジェがお母さんは君に似ていた、最後にぎゅっと抱きしめてくれた胸はとても温かかったと伝えると、ゴニは静かに泣きました。

ゴニと父親は最後までギクシャクしていますが、彼らの間にも新しい愛が確かに芽生え始めています。

そしてユンジェとドラの間に生まれた愛。

ユンジェとゴニの間に生まれた愛。

それはユンジェの心と体にいままでなかった感覚をもたらし、ユンジェを変えていきます。

ひどい事件や周囲の悪意に満ちた視線も随所に描かれる本作。

それもひっくるめてこれは愛情の物語であり、愛について問いかけ、愛について考えさせてくれる物語なのだと私は思っています。

普通で平凡、だけど特別

物語の核となるユンジェとゴニは、ふたりとも周囲から「普通じゃない」「変」という目で見られています。

ユンジェの母さんの切なる願いは、ユンジェが「普通に」に「平凡に」生きていけることでした。

母さんは、集団生活にはいけにえの羊が必要なのだとも懸念しています。

普通と違うと、そのいけにえの羊になる可能性が高まるのだと。

ばあちゃんも「人は自分たちと違う人間がいるのが許せないもんなんだ」と言っています。

しかし、シム博士が言うように、実は普通で平凡に生きるのが一番難しいもの。

そして、人間が生きる世界は「普通・平凡」VS「普通じゃない・変・違う」という構図だけでできているのではないと思うのです。

ドラがユンジェに愛情を込めて言った言葉があります。

ーあんたはいい子だよ。それに平凡。でもやっぱり特別な子。あんたはそういう子だと思う

ユンジェにとって最高に愛のある褒め言葉だと、私は感じました。

『アーモンド』はどんな人におすすめ?

私は、こんな想いを持っている方に『アーモンド』をおすすめしたいと思います。

  • 人間にとって感情や共感とは何か知りたい
  • 愛のある物語に触れたい
  • ぐいぐい引き込まれる物語を堪能したい

『アーモンド』は人間について、感情や共感について、愛について、いろいろ考えるきっかけになる本だと思います。

しかし、小難しいことが書いてあるわけではありません。

魅力的なキャラクターが織りなす物語世界にいつの間にか引き込まれてすぐに読み切った。

けれどとても深い余韻が残る。

そんな読書体験ができる本です。

おわりに|かわいい怪物が問いかける人間の愛と共感

主人公ユンジェの視点で淡々と語られる『アーモンド』の世界。

何の感情にも左右されないユンジェの視線はまっすぐにありのままの世界を捉えます。

そして彼が抱く疑問や私たちへの問いかけは、本質を痛いほど突いていることに気づかされるのです。

私たちは、ユンジェが思うような愛をもって、ものごとをしっかり感じ、共感することができているのでしょうか?

著者は最後に《作者の言葉》としてこう書いています。

ーこの小説によって、社会の中で傷ついた人たちに、特にまだ多くの可能性が開かれている 子どもたちに差し出される手が多くなればと思う。

この物語と作者の言葉に共感する人が増えることを、ささやかながら願っています。

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