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『雲』感想|一番不可解な謎は、自分自身なのかもしれない

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今まで見えていた世界が全く変わってしまった––––。

そんな本と出会ったことはありますか?

この小説では、主人公が旅先の古本屋で謎めいた本を発見し、自分自身の人生を追想するところから物語が始まります。

両親の死、最愛の恋人の裏切り、長い船旅、現在の家族。

そして合間に差し込まれる怪奇な事件。

暗雲立ち込め、謎が謎を呼び起こす展開に、ページをめくる手がとまりません。

著:エリック・マコーマック, 翻訳:柴田 元幸
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『雲』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトル
著者エリック・マコーマック
(柴田元幸訳)
出版社東京創元社
出版日2019年12月20日
ジャンルゴシックホラー小説

「『雲(現題:CLOUD)』は、スコットランド出身カナダ在住のエリック・マコーマックが書いた小説です。

日本語版の出版は2019年ですが、原作は2014年8月にPenguinRadomHouse社から出版されています。

舞台は、作者の出生地でもあるスコットランド。

イングランド、ウェールズ、北アイルランドとともに、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(通称イギリス)を構成している土地です。

一年を通して雨が降りやすく、曇り空の多い地域ですので、『雲』のイメージにぴったりですね。

ポストモダン小説の人気翻訳家・柴田元幸氏もこよなく愛する、マコーマックの幻想的な世界観をぜひ体感してください。

『雲』のあらすじ

この物語は、主人公の、回想と今、二つの時間軸で話が進みます。

回想では主人公のこれまでの歩みが綴られ、今の時間軸では一冊の書籍の謎が紐解かれていくのです。

果たして、主人公はどんな本と出会ったのでしょうか。

簡単にあらすじをご紹介させていただきます。

旅先で出会った一冊の本

蒸し暑い夏、出張先のメキシコで突然の雨に見舞われて、古本屋に駆け込んだ主人公は、とある古い冊子を見つけます。

その本のタイトルは<黒曜石雲>––––かつて主人公が暮らした街ダンケアンで起きた、天気現象が記されていたのです。

<黒曜石雲>の謎を探るべく、主人公はスコットランドの学芸員と連絡を取り、この本の内容を調べてもらうことになりました。

<黒曜石雲>とダンケアン

<黒曜石雲>は、ダンケアンの街にある日突然現れました。

真っ黒な雲は黒曜石のように艶やかで、地表の姿を鏡のように映している不気味な雲です。

その雲を見た人は、何かしらの奇怪な事件に巻き込まれてしまうという謎の現象がおこっているようなのです。

一方、主人公にとって、ダンケアンは辛い思い出の地でもありました。

学校の教員になるべく訪れたその地で、彼は鮮烈な恋をし、そして裏切られたのです。

<黒曜石雲>の記録は、主人公の記憶をどんよりと呼び覚ましました。

まるで亡霊のようにつきまとう、その苦々しい記憶を。

主人公・ハリーの生い立ち

主人公は、グラスゴーの一角にあるトールゲートというスラム街で生まれました。

両親は読書家で、ジョークを言ったり、言葉遊びをしたりして日々を過ごします。

しかし、大学に入ってしばらくした雪の日、とある爆発事故がおこりました。

戦争時に投下された不発弾を土木業者が撤去しようとして、誤って起爆してしまったのです。

爆発地近くに家を構えていた両親は、事故に巻き込まれて命を落としてしまいます。

一人になった主人公は慣れ親しんだグラスゴーを離れ、ダンケアンへと旅立ちました。

そこから、主人公の人生は目まぐるしく変貌していくのです。

『雲』を読んだ感想

一難去って、また一難……。主人公ハリーに多くの困難が立ちはだかります。

しかし、どんな壁も、きっと何かの意味があって、そこに立ちはだかるのでしょう。

愛する人に裏切られた主人公は、その面影をずっと追い続けながら一生を過ごしました。

<黒曜石雲>の謎と主人公の生涯が一つの答えへと繋がる時、主人公はその受難の意味を理解します。

その結末は、ハッピーエンドやバッドエンドのような安易な言葉では、決して語り尽くせません。

ゴシックホラーな世界観

この物語は、目覚めることのない悪夢のような、不気味で幻想的な雰囲気に包まれています。

目の前に立ちはだかる謎を解明していく、というようなミステリーではなく、謎を謎のまま提示して、読み手に答えを委ねるようなストーリーです。

ちなみに、ゴシック小説というのは、

18世紀後半のロマン主義前期にイギリスで流行した中世風の怪奇恐怖小説の一群

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より引用

というもので、代表作に『オトラント城』や『フランケンシュタイン』などがあります。

残酷な選択や艶かしい呪術、デング熱にうなされる旅路など、思わず目を覆いたくなるようなシーンも少なくありません。

それだけではなく、じっくり考えてみたらゾッとするような描写がいくつもあり、想像力が豊かな人ほど怖いと感じるかもしれません。

それでも、「なぜ?」の答えを読み解きたくて、気づいたらページをめくってしまうのです。

多彩な怪奇譚

小説の節々に、いくつもの怪奇物語が差し込まれていきます。

それはいずれも、現実と空想が入り混じったような不気味な物語に冗談を交えて、シニカルに登場人物の口から語られるのです。

例えば、

  • アップランド各地で次々に起きた、猟奇的事件の話
  • ラマンチャ金鉱の採掘現場で現れる悪霊の話
  • 太平洋のとある諸島の歴史における”魚舐め”の話
  • オルーバという地に古くから伝わる”パラタク”という儀式の話

などなど……。

おぞましさと笑いを兼ね備えたニヒルなテキストは本文にも散見されており、柴田元幸氏の訳を通して描き出される独特な雰囲気に魅了されました。

愛と家族の物語

ゴシックホラー、とはいえ、この物語は一貫して主人公の愛と家族を主軸に展開されます。

主人公と出会う女性はいつもどこかミステリアスで、そこが美しくもあり、妖しくもありました。

人間というものは謎に満ちていて、まるで”雲”のようにつかみどころのない生き物であることを、改めて思い知らされます。

主人公ハリーの失恋がどこまで尾を引くのかに注目して読むのも面白いです。

見方を変えるならば、純然な愛がことごとく邪魔されるロマンス小説……と、取れるかもしれません。

『雲』はどんな人におすすめ?

前述の通り、この本は、ゴシックホラー要素が含まれています。

  • ゴシックホラーが好き
  • 世界観に浸りたい
  • 深く考察したい
  • 海外文学に抵抗がない

という方に、おすすめします。

怖い話が得意な人や、幻想的な雰囲気が好きな人、イギリス文学を楽しみたいという方は、ぜひ読んでみてください。

もちろん、怖い話を克服したいという方にもおすすめですし、表紙の絵が好みという方もぜひ手に取ってもらいたいです。

装画は浅野信二氏によるもので、小説の雰囲気を見事に表現しています。

おわりに|不可解な自分を解明する旅路が、人生なのだろう

この小説は、明確な答えがありません。

しかし、人生がそもそもそうであるように、本当に”正しい”答えなどないのです。

自分が正しいと思っていたことが全く違う結末に繋がったり、後悔していた出来事が実はそんなに悪い結果ではなかったり。

この本に出会ったことで、自身の人生を思い返し、もしかしたらあの時の苦難はこれから先の人生における伏線だったのでは?

と考えることが多くなりました。

今まで見えていた世界が全く変わってしまった––––。

私にとって『雲』こそが、私の世界を変えてしまった一冊の本となったのです。

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