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『マリアビートル』感想|不穏な奴らが交錯する疾風怒濤の新幹線トリップ

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『マリアビートル』で描かれることのすべては、東京発盛岡行きの東北新幹線『はやて』の車内、いわゆる閉鎖空間(ときどき停車駅で開く)で起こります。

登場するのは一癖も二癖もあるキャラクターばかり。

かなり狭い密閉空間で、ものすごく突拍子もない出来事が、アクの強いキャラクターそれぞれがいる場所で、次から次へと勃発。

その怒濤の展開にぐいぐい引き込まれ、驚いたり怒ったり涙したりしながら読み進めるうちに、いつの間にかすべての伏線が鮮やかに回収された鳥肌モノの結末に辿り着く。

息が詰まるような日々に爽快な風を吹き込んでくれる、今必読の極上のエンタメ小説です。

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『マリアビートル』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトルマリアビートル
著者伊坂幸太郎
出版社角川書店
出版日2010年9月22日
ジャンルエンタメ

伊坂幸太郎は言わずと知れた大人気作家、大衆文学の名手です。

「伊坂ワールド」と呼ばれる、軽妙洒脱な語り口や緻密で機知に富んだ文章は、多くのファンを魅了しています。

『本屋大賞』や『直木賞』といった文学賞にも何度もノミネートされ、多くの賞を受賞。

『マリアビートル』は、そんな伊坂幸太郎の《殺し屋シリーズ》第2弾です。

ブラッド・ピットを主演に迎えたハリウッドでの映画化も話題の本作。

伊坂作品の中でもとりわけエンターテイメント性が高く、交錯する物語の疾走感を存分に堪能できる傑作です。

『マリアビートル』のあらすじ

『マリアビートル』はキャラクターの視点が次々に入れ替わる群像劇。

それぞれの場所で起こる超弩級の出来事が、絡みに絡み合いながら進みます。

でもなぜか物語はぐちゃぐちゃにならず、最後は一本の線になってスッとスマートに着地。

あらすじをスマートに語るのにも、本作の構成に倣って、登場ペアごとに起きた出来事を追うのが良さそうです。

というわけで、まずは主要登場人物と、それぞれが新幹線に乗り込んだ事情のご紹介から。

超個性的な登場人物たちが抱えるそれぞれの事情@東京駅

物語の舞台となる東北新幹線『はやて』に乗り込む主要人物は次のとおりです。

①木村雄一(きむら・ゆういち)

元アル中の殺し屋です。

男手ひとつで育てている六歳の息子をデパートの屋上から突き落とされ、現在息子は意識不明の重体。

犯人と思しき中学生がその日『はやて』の七号車五列目、三人掛けに乗るとの情報を得て、復讐を目的として乗車します。

②蜜柑と檸檬(みかん と れもん)

コンビの殺し屋で、双子に間違われるくらい見た目が似ていますが、性格は真逆です。

檸檬は『きかんしゃトーマス』を愛しており、楽天的かつ短絡的で、大雑把。

蜜柑は文学好きで、用心深く、知的で繊細。

二人は盛岡にいる「怖すぎる峰岸」の依頼を受け、峰岸の息子を監禁している相手のところへ行った帰りです。

峰岸の要求通り犯行グループを全員殺したあと、ぼっちゃんを助けて身代金を持ち帰るために『はやて』の三号車に乗車しました。

③七尾(ななお)

不運でとことんツキのない殺し屋です。簡単なはずの仕事がいつも大ごとになり、指示役の真莉亜(まりあ)も諦め気味。

今回の仕事も東京駅から『はやて』に乗り、誰かの旅行荷物を奪って上野駅で降りるという「簡単なはず」のもの。

真莉亜に渡された切符は、四号車の最前列・通路側の指定席、何故か盛岡までのものでした。

④王子慧(おうじ・さとし)

見るからに健全で優等生然とした美少年。あどけなさの残る中学生。

しかしてその実態は、他者を翻弄して破壊することに喜びを見出す、悪意に満ちた狡猾な少年です。

元殺し屋木村の息子を屋上から突き落したのもこの王子少年。

木村が得た「今日王子が『はやて』に乗る」という情報は、実は王子自身がわざと木村の協力者に掴ませたものでした。

次々に勃発する不測の事態~@上野駅

引き続きキャラクターペアごとに、出来事を追っていきましょう。

この先は”かなりの展開”なので、ネタバレが気になる方はあらすじはこの辺りまでで。

①蜜柑と檸檬〈果物〉

奪い返した身代金の入ったトランクが手元にないと気づいた蜜柑が檸檬に訪ねると、誇らしげに「いまどきは車両と車両の間に大きな荷物を置くスペースがあるんだ」と答える檸檬。

蜜柑の反応ぶりが気になった檸檬が当該スペースを見に行くと、トランクは消えています。

今の状況を三文字で言うと「やばい、だ」

取り敢えず落ち着いて考えようと二人が座席に戻ると、ぼっちゃんの雰囲気がおかしく・・

「ぼっちゃんが死んでる」

「すげえやばい」・・・六文字だな・・

外傷はなく死因は分かりませんが、とにかくぼっちゃんは死んでいます。

②七尾〈天道虫〉

真莉亜からの電話で「奪う荷物は三号車と四号車の間の荷物置き場にある黒いトランク」と告げられた七尾は、早々に目的のトランクを見つけて降りる準備をします。

持ち主が三号車にいるらしいとのことで、六号車手前のデッキまで移動。

デッキに誰もおらず安堵する七尾はしかし、上野駅でホームに降り立とうとしたところで目の前から乗車しようとする因縁の殺し屋〈狼〉に気づきます。

〈狼〉は即座に七尾に絡み、七尾は上野駅で降り損ねました。

③木村と王子少年

紙袋に入れた銃を掴んで目的の座席に近づいた木村の体に突然衝撃が走ります。

気絶した木村が目を覚ますと、窓際に両手両足を縛られた状態で座らされていました。

目の前には自信に満ちた表情の王子。

「どうしてこんなに思い通りになるんだろうね。人生って甘いね」

そう言いながら木村から奪った銃を他から見えにくい角度で突きつけてきます。

「僕が電話で指示したり、かかってくる電話に出なかったりすると、病院の近くで待機している人が、おじさんの子供の呼吸器をいじくるよ」

絡まり始める登場人物たち~@大宮

①蜜柑と檸檬〈果物〉

一駅で降りる人物がいれば怪しいと見張りますが、上野駅では誰も降りず、犯人は車内に残っていると判断した蜜柑。

呆れたことに檸檬は忘れていましたが、大宮駅では峰岸の部下が待ち構えている予定です。

車内をチェックし始めた檸檬は、六号車の真ん中あたりで美少年に出くわし、トランクを持っていった人の特徴や向かった先を聞き出します。

しかし結局トランクは見つからないまま新幹線は大宮駅へ。

蜜柑はホームに降りて、峰岸の部下にぼっちゃんの死を気づかれないよう誘導。

その策は成功したかに見えましたが、発車直後、蜜柑は信じられないものを見ます。

檸檬がぼっちゃんの死体の左手を持って、あり得ない角度で手を振らせていたのです。

②七尾〈天道虫〉

〈狼〉に絡まれた七尾は形勢逆転し、自分の手で相手の首を固定することに成功しますが、その瞬間車両が揺れて転倒。

気がつくと〈狼〉の首を折ってしまっていました。

ちょうど通りかかった親切な美少年にいろいろ心配されますが、何とか少年をやり過ごし、”二つの大荷物”を抱えて再びおろおろ。

その時ダストボックス付近の壁の突起が目に入り、押して開けると、丁度トランクを隠せそうな空間が出現。

考える余裕もなくトランクを隠し、〈狼〉の切符に記された座席を見てみると、人目に付かずに連れて行くのに好都合な、すぐ前の六号車最前列。

2回もツイているなど、どこかでとばっちりが来るのでは・・・と考えていると、業界でも一番仕事が確実で無茶で怖いと噂の、蜜柑か檸檬らしき人物が脇を通り過ぎていきました。

自分の座席に戻った後、真莉亜からの電話で、どうやら今回の仕事の大元の依頼主はかなりやばいと噂の峰岸であるらしいと知った七尾は、不安に駆られてトランクの隠し場所へ戻ります。

③木村と王子少年

檸檬と七尾に遭遇し、”一人がトランクを捜していて、もう一人がそれを持っている”という事情を把握した王子は、自分の強運を実感してほくそ笑みます。

「誰かが欲しがってるものってのは、価値があって、持っていると優位に立てる」

王子は賢くも、檸檬が七尾のトランクに気づかずに歩いてきていたことから、七尾が先ほどいたデッキ付近にトランクを隠したのではと推理。

トランクを発見した王子は木村のところに戻り、トイレの中でトランクの4桁の数字ダイヤルの鍵を全部試して開けるよう脅します。

トイレの前で見張っていた王子のところに戻ってきた七尾。

王子はわざと隙をみせて七尾に隠し場所を開けさせ、呆然とする七尾に対して「そのトランクを持っていた人を見た」と嘘をつき、トランクを捜していた檸檬の容貌を伝えます。

息もつかせぬ怒涛の展開~@仙台以北

①七尾〈天道虫〉

せめて大宮駅でトランクを持って降りる人物がいないか確認しようとホームに降りた七尾は、三号車付近で蜜柑か檸檬らしき人物が他の誰かと話しているのを認めます。

そしてトランクの当初の持ち主は三号車にいるということだったはず。

迷いながらも七尾は三号車に向かい、そっと蜜柑と檸檬の背後に陣取り、会話を盗み聞きしようと試みます。

②蜜柑と檸檬〈果物〉

ぼっちゃんの異変はほぼ確実に峰岸に伝わっただろうと想像して憂鬱になる蜜柑。

その時自分たちの車両に、知った顔の男が入ってくるのが見えます。

檸檬は名案があると蜜柑に相談し、その男、七尾に罪をなすりつけて殺してしまうことを決断。

蜜柑がトイレへ行くと言って席を立った後、七尾に近づいて拳を振るう檸檬。

二人は目立たぬよう座席裏で格闘します。

格闘の中で二人ともトランクを持っていないこと、峰岸に依頼を受けていることを確認。

その後隙を見て檸檬の意識を失わせた七尾は、どうするどうする?と思考の滑車を回してさまざまな仕掛けを残し、二号車の方へと去って行きます。

③木村と王子少年

木村はかなり早めに数字鍵の正解にたどり着き、トランクを開けることに成功しました。

木村と王子はトランクを持って座席に戻り、木村は再度拘束されます。

トランクの中身を確認して「ふうん」ともらした王子は、キャッシュカードだけ取り出し、「どうでも良くなったからトランクを持ち主に返そうかな、見つけやすいところに戻そう」と言出します。

木村は顔をしかめつつ、「行ってくるよ」と席を立ちました。

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さて、ここから先は秘密の展開です。

超弩級のスピードであっちとこっちが繋がって、加速度的に結末へと動き出します。

ぜひ『マリアビートル』の扉を開いて、お楽しみください!

『マリアビートル』を読んだ感想

『マリアビートル』は、お菓子で例えるならば『かっぱえびせん』のような小説です。

“やめられない!とまらない!”

そのノンストップ感を生み出しているのは個性的なキャラクターと緻密な構成、そして伊坂ワールド特有の遊び心。

全国民に味わって欲しい美味さ・・巧さです。

感情移入のしすぎに注意!個性際立つキャラクターたち

例えば蜜柑と檸檬は冒頭、助けた峰岸の息子に対してそれぞれこんな自己紹介をします。

「俺がドルチェで、そっちがガッバーナだ」

「違う。俺はドナルド、そいつがダグラス」

※ドナルドとダグラスは『きかんしゃトーマス』に出てくるキャラクター名

もはやこの時点で、私は果物コンビに心を持っていかれました。

これ以降も、名言の応酬のような二人の絶妙な掛け合いは随所で描かれます。

大好きになってしまっているので、感情移入が止まらず、二人に何か起こるたびにドキドキ・ハラハラ。

感情がジェットコースター並みに揺さぶられ、絆を感じさせる場面では涙をこらえることなどできません。

そしてもうひとり、ものすごく不本意ながら心を持って行かれてしまったのが、王子慧。

もはや彼は優等生のふりをした「邪悪そのもの」です。

どうしたらこんなに酷いことを思いつけるのか?

王子少年の言動はもれなく鋭い刃となって胸にグサグサと刺さり、これ以上ないくらいにイライラ・ムカムカさせられます。

(本当は今ここに王子慧の名前を打ち込むことすらイヤです・・・。)

それでも悔しいかな、この狡猾な少年の存在なくしては、本作の面白さを語ることは絶対にできません。

不運で弱腰の殺し屋、天道虫こと七尾もはじめから良い味を出していますが、特に終盤実は・・・と、かなり心惹かれる存在になります。

息子を誘拐されてしまっている木村も、木村の周りの人たちも、実は実は・・・となるに連れ、感情移入が止まらなくなります。

しかも、実は実はなキャラクターはまだまだ存在していて・・・

感情のジェットコースターは最後まで速度を上げ続け、揺さぶられ続けますので、お読みの際は感情酔いにご注意ください!

緻密に張り巡らされた伏線の鮮やかな回収

そこここに張った伏線の鮮やかな回収は、確かに伊坂幸太郎の十八番です。

ですが、今回の舞台は新幹線で、終着駅までにかかる時間は数時間。

こんなにも狭い空間と限られた時間のどこに、そんなに緻密な伏線を張れる隙があるのか、と思いませんか?

それでもやはり、あの軽口の中にも、あの場面で記述されていたことの中にも、しっかりと伏線は張られています。

そして結末でそれらが収束していく様は、まったく圧巻と言うより他ありません。

終盤で「はぁ~・・・」「え!?」と思わず声を出してしまう確率は、私調べで90%以上です。

読後しばらく『はやて』の世界から戻ってくるのが困難になる確率も、同程度と思われます。

こんなところにあの人が!ニヤリとできる世界線のリンク

先述したように、『マリアビートル』は《殺し屋シリーズ》の中の一冊です。

1作目の『グラスホッパー』に続く2作目で、3作目としては『AX アックス』が刊行中。

伊坂幸太郎の作品群は世界線がリンクしていることでも有名ですが、『マリアビートル』を読む際には特に、この「リンク」に注目です。

『グラスホッパー』の登場人物を知っていることで『マリアビートル』の面白さが倍増しますので、やむをえない事情がない限り、ぜひ1作目から順番に読んでください。

あちらの作品のあの人がこちらの作品のここで!というリンクの発見は、作者が隠した秘密を暴いたかのような高揚感をもたらしてくれます。

《殺し屋シリーズ》は、タイトルや登場人物の名前にも、”ニヤリ”とできる意味と遊び心がたくさん隠されていますので、それを見逃さないためにも3作読破がおすすめです。

『マリアビートル』では特に、P317 の遊び心を見逃さないでくださいね!

『マリアビートル』はどんな人におすすめ?

まず、伊坂幸太郎が好きだけれど『マリアビートル』はまだ読んでいないという方は、今すぐポチる、もしくは書店に走りましょう。

そのほか、私が『マリアビートル』をおすすめしたいのは以下のような方々です。

  • 最高に面白い一気読み確実のエンタメ小説をひたすら楽しみたい
  • 洒脱な読み口、テンポの良さと遊び心、鮮やかな伏線回収、すべて堪能したい
  • オシャレでかっこいい名言を我が物にしてモテたい
  • 「本物の邪悪さ」について考えてみたい

上から3つの魅力については、ここまででしつこいほど力説してきましたので、ここでは4つめについて書いてみたいと思います。

伊坂幸太郎の描く「邪悪さ」や「悪意」は、これ以上なく残酷で、心を深く抉ります。

そして本作では、その「邪悪さ」が王子慧という人物を通して炸裂。

読んでいるだけなのに目をそらしたくなる「怖さ」が、本作のそこここに潜んでいます。

「怖さ」を感じるのは、「人間の本性を暴く類いの邪悪さ」を、著者が提示しているからではないでしょうか。

読者が王子慧の言動に腹を立て、「怖い」と感じる。

それが本作が作られたひとつの大きな意味であり、私たちにとって重要なことなのではないかと思うのです。

おわりに|極上のエンタメ小説を最強に楽しもう

『マリアビートル』は、とてつもない魅力を備えた傑作エンタメ小説です。

いつどこであっても、読み出したら最後、結末に至るまでページを捲る手が止まることはないでしょう。

そして、読み切った後には感嘆のため息が漏れ、余韻に浸ってしばし動けないこと必至です。

しかし、この極上の傑作をより楽しむ最強の方法はないものか・・・欲張りにも考えてみました。

私が導き出した推奨方法は以下のとおりです。

推奨方法
  1. 殺し屋シリーズ第1弾『グラスホッパー』を読む
  2. 『きかんしゃトーマス』の公式サイトや動画を見るなどして、シリーズのファンになる
  3. 予定を調整し、満を持して東北新幹線『はやて』に乗る ※『はやて』は全席指定なので要注意
  4. 座席に座り、呼吸を整えた後『マリアビートル』の表紙を開く

もしもこれ以上を望む方は、盛岡観光を楽しんだ後、殺し屋シリーズ第3弾『AX』を読んでみてください。

完璧です。

著:伊坂 幸太郎
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