この本は趣味に生きる、鞠子という一人の主婦が主人公の物語です。
著者の山崎ナオコーラさんは、文庫版のあとがきにこんなことを書かれていました。
「本を出したあと、主婦をしているという方から、主婦を素敵に書いてくださってありがとうございます、というようなメッセージをもらった」
まさにこの作品は、主婦や主夫を「すてきに」、「かっこよく」社会の一員として描いた一冊です。
著:山崎ナオコーラ
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『鞠子はすてきな役立たず』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 鞠子はすてきな役立たず |
著者 | 山崎ナオコーラ |
出版社 | 河出書房新社 |
出版日 | 2021年8月6日 |
ジャンル | 人間ドラマ |
『鞠子はすてきな役立たず』は、2019年2月に単行本として刊行された『趣味で腹いっぱい』を改題した作品です。
改題前はタイトルだけ読むとエッセイと勘違いされることもあったようで、文庫化の話が出た時に、小説だとわかるタイトルに変更されました。
『鞠子はすてきな役立たず』のあらすじ
『鞠子はすてきな役立たず』のあらすじを4つの視点からご紹介します。
趣味に生きる自由な主婦・鞠子と銀行員・小太郎の夫婦。
この2人の生活を描いた本作。
対照的な2人の生活から見えてくるものとは…?
「お金を稼ぐことにこだわらない」鞠子
2人が出会ったのは、鞠子が27歳、小太郎が29歳の時でした。
当時鞠子は、書店のアルバイトと大学の講師を掛け持ちしていました。
大学院で平安文学を勉強していた鞠子。大学で一コマだけ授業を教えていたのです。
大学の講師は、時給換算すると書店アルバイトよりも低い給料でしたが、鞠子は書店の仕事も、文学の研究もやりがいを感じていました。
鞠子の親は、これまで鞠子の好きなように人生を歩ませてくれました。
経済的に余裕があったわけではありませんでしたが、鞠子の勉強したいという思いを尊重してくれたのです。
鞠子は勉強したことを仕事にいかそうとか、何かスキルを身につけようとか、そういった理由で大学院まで進学したわけではありませんでした。
勉強すること自体を楽しんでいたのです。
「お金を稼ぎたい」小太郎
一方の小太郎は、稼ぎたいから早く働きたいと思っており、高校を卒業すると銀行員になります。
それからずっと同じ職場で働き続けていました。
小太郎がそれほどまで「稼ぐ」ことにこだわっていたのは、父・大二郎の存在が大きかったからでした。
父は労働は尊いもので、「働かざるもの、食うべからず」と呪文のように小太郎に言って聞かせていたのです。
専業主婦だった母は、「仕事をしないと自信を持てない。だから労働の対価を目に見える形でもらえる仕事の方がいい」と教えたのでした。
父母の話を聞いて成長していった小太郎は、働かなくても食っていいとは思うが、働けるなら働いた方がいいと思うようになっていきます。
趣味に没頭していく鞠子
対照的な2人は、お互いの考え方を新鮮に感じ、付き合い始めます。
付き合ってしばらくたち、結婚の話が出ると、鞠子は主婦が希望だと言います。
「主婦は素晴らしい。主婦が地球のこれまでの歴史、文化をつくってきたんだ」
と話す鞠子。
働いている人を中心に世界が回っていると信じていた小太郎は、鞠子の考えを聞いて、自分が信じていた道以外にも違う道があるのかもしれないと思い始めたのでした。
結婚してから大学の講師を辞めた鞠子は、暇を持て余すようになります。
その空いた時間を趣味に費やしていきました。
鞠子は、絵手紙や家庭菜園、俳句、小説、散歩など次から次へと新たな趣味を開拓していくのでした。
価値観の異なる鞠子と小太郎の生活
自由で、自分の満足を大事にする鞠子。
堅実で、妻を守りながら生きていこうと心に決めた小太郎。
価値観の異なる2人は、大きな衝突こそしないものの、小太郎は鞠子の奔放さに時には頭を抱えることもありました。
しかしお互いの気持ちを尊重しながら生活している2人は、異なる意見を頭ごなしに否定するのではなく、受け入れる方法を模索していったのです。
『鞠子はすてきな役立たず』を読んだ感想
体裁にこだわらず、楽しいか楽しくないかで決断する鞠子の潔さは、とても気持ちがいいものでした。
しかし全てをまねできるかというと、現実的には難しいと感じるところも。
それでも鞠子の姿には、驚きと発見がありました。
社会を回しているのは仕事だけじゃない
鞠子の趣味を楽しむ姿を通して、趣味によって助け合いが生じることがあると気づいていく小太郎。
「別の視点や違う考えがひゅっと頭に入ってくるだけで、癒しになることがある。社会を回しているのは、仕事だけではなかった」
と言葉にするシーンがあります。
鞠子は、努力の先に何があるわけでもなく、上を目指すわけでもなく、誰かと競争するわけでもない、「純粋に楽しむこと」を趣味ととらえていました。
その力まない姿勢こそ、誰かの心を癒すことがあるのかもしれないと思いました。
悩んでいたり、悲しかったりする時に、そういう気持ちから一度距離を置きたいと思うことがあります。
悩みとは直接関係のない話を聞いても、癒されることはあるもの。
趣味の世界だから気軽に参加することができ、純粋に目の前のことに夢中になれるという行為こそ、癒しにつながるのかもしれません。
他立にも美しい立ち方がある
「自立に美しい立ち方があるように、他立にも美しい立ち方があるのかもしれない」
鞠子の母・アンナさんが、鞠子と小太郎に言うセリフです。
確かに、元気なうちは自立していたいと願う人が多いのでしょう。
しかし、人間生きていれば病気になったり、事情ができたりして、他人の助けを借りなければ生きていけないこともあります。
自立できなくなったとしても、そこでその人の人生は終わりではありません。
「自立」の下に「他立」があるのではなく、「美しい自立」と並列の位置に「美しい他立」があってもいいのではないか?というアンナさんの言葉。
そして、
「他立と依存は違うものかもしれない」
とも言っています。
他人の力を借りて生きているのは同じでも、この二つの言葉には大きな違いがあるように思うのです。
「他立」はできない部分の一部を他人の力を借りているのに対して、「依存」はできる部分も含めて他人の力を借りているように感じます。
誰もができること、できないことがあるはず。
だからこそ、他人の力を借りて生きることそのものに、恥ずかしさや負い目を感じる必要はないのだと思いました。
仕事をしている人もしていない人も、堂々と生きていい
仕事をしてお金を稼いでいる人も、専業主婦(主夫)をして家のことをしている人も、仕事をしていない人も、堂々と生きていい。
これがこの作品のメッセージのように感じます。
どんな立場にいる人も、それぞれに役割があって、事情を抱えているもの。
だからこそ、他人のものさしで自分を評価するのは、無理があるのかもしれません。
他人の目は気になるものですが、自分なりの「しあわせのものさし」を基準にしたほうが、自分に優しくいられます。
家族がいる方は、家族のしあわせの形を自分たちで決めていけばいいのではないでしょうか。
鞠子の姿から、「『自分の満足を大事にすること』に後ろめたさを感じなくても大丈夫。
他人を思いやるのと同じように、自分も思いやってあげよう」と、教えられました。
確かにある程度のお金がなければ、生活できません。
鞠子も、「小太郎に何かあれば自分が働かなければいけない。だけど今は、なんとかなっているから趣味を楽しませてもらう」というようなことを言っています。
一見自分勝手ともとれる言動でも、家族全員がそれで納得しているのなら、堂々と生きていいのだと思います。
『鞠子はすてきな役立たず』はどんな人におすすめ?
『鞠子はすてきな役立たず』を特におすすめしたいのは、このような方々です。
- 専業主婦(主夫)のかた
- 自分を大切にしていないと感じている人
- 趣味を見つけたいと思っている人
まずは、「専業主婦(主夫)のかた」。
家事はやろうと思えばいくらでもやることがあり、終わりがありません。
労働の対価を直接もらうことのできない家事というのは、家族の笑顔にはつながるかもしれませんが、目に見える「評価」を得られにくいもの。
自分は専業主婦(主夫)で働いていないから、仕事をしている人と比べて負い目を感じてしまうというかたは、ぜひ読んでいただきたい作品です。
次に、「自分を大切にしていないと感じている人」。
この作品を読んでいると、自分をもっと愛でながら生きていいのだと肯定してもらえる気がします。
自分のために時間を使うことに他人の目を気にしてしまうというかたは、ぜひ読んでいただきたい作品です。
最後に、「趣味を見つけたいと思っている人」。
鞠子は日常のささいなことをきっかけに、趣味を増やして自分のものにしていきました。
鞠子の趣味に対する考え方は、趣味を楽しむコツを教えてくれます。
これから何か趣味を見つけて楽しみたいと考えているかたにも、ぜひ読んでいただきたい作品です。
おわりに|新しい価値観に触れて心に風が吹き込んできた
この作品を読み終えた後、作中に出てくる表現のように「心に風が吹き込んできた」気がしました。
それは、新しい価値観に触れて、新たな世界を垣間見たような感覚でした。
私たちは、誰かの価値観に影響を受けて自分の考え方として定着していきます。
ある意味「呪い」といっても過言ではない、考え方の癖が自分の中にもあることを改めて実感させられました。
一つの考え方に固執しないことは、「常識という枠」によって苦しめられている人へ、やさしさの風を送ることでもあると思います。
「働くものも、働かないものも、どんどん食べろ」という社会こそ、どんな人にもやさしい世の中といえるのではないでしょうか。
著:山崎ナオコーラ
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