この作品はむらさきのスカートをよく着用している変わり者の女性と友達になりたい「わたし」の一人称で綴られる物語となっています。
「わたし」は友達になるためにひたすら紫のスカートの女の生活や言動を観察しているだけという一風変わった不思議な物語でもあります。
こう書くと何の面白みのない物語のように感じられるかもしれません。
しかしユニークな「わたし」の視点で綴られる文章を読み進めるにつれて、じわりじわりと湧いてくる奇妙な違和感を感じ始めるころには読者はこの不思議な作品にどっぷりはまって抜け出せなくなっていることでしょう。
著:今村 夏子
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『むらさきスカートの女』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | むらさきのスカートの女 |
著者 | 今村夏子 |
出版社 | 朝日新聞出版 |
出版日 | 2019年6月7日 |
ジャンル | 純文学 |
この作品は第161回芥川賞を受賞されています。
芥川賞とは通常優れた純文学を書いた新人に与えられる文学賞となっています。
つまり同書は純文学というジャンルとなるわけですが、非常にコミカルで読みやすい文章のため、一見「純文学」とは思えない人も多いかもしれません。
『むらさきスカートの女』のあらすじ
近所に住んでいる紫色のスカートをはいて出没する周囲から浮いた女と友達になりたい「わたし」。
彼女の日常をつぶさに観察したりわざとぶつかって接触しようと試みますがなかなか上手くいきません。
就職情報誌を目につくところに置いて「わたし」と同じ職場に紫のスカートの女を就職させることができましたが、彼女は意外にも周囲に馴染み、生き生きと仕事をするようになっていきます。
そんな時、小学校のバザーで職場の備品が売られていて紫のスカートの女に疑いがかかります。
少し変わり者の紫色のスカートの女性
「わたし」は紫のスカートの女を非常によく観察しています。
近所の公園には「むらさきのスカートの女専用シート」と呼ばれるベンチがあること。
どんなに多い人込みを歩く時でも決して人にぶつからないこと。だからわざとぶつかりにいく人もいるほどで、「わたし」もその一人であること。
子供たちの間でじゃんけんで負けたら紫のスカートの女にタッチしてくるというゲームがあること。
「わたし」の語る紫のスカートの女はかなりの変わり者という印象を受けます。
環境の変化により周囲と馴染んでゆく女性
紫のスカートの女と友達になりたい「わたし」は彼女を自分と同じ職場に就職させることに成功します。
しかし周囲から浮くと思われていたむらさきのスカートの女はすぐに周囲に馴染み、生き生きと仕事をし、プライベートも充実していくことになります。
不倫とはいえ恋人ができ、これまで自分をからかっていた子供達とも仲良くなり、服装も態度も垢ぬけていきます。
残る奇妙な感覚と「わたし」の正体
話が進むにつれて「わたし」がどんな人物であるかが浮き彫りになってきます。
「わたし」はこれまでも紫のスカートの女にわざとぶつかりにいって失敗し、店のショーケースを壊して弁償したり、鼻に指を突っ込んで友達になろうとしていたりしているのですが、物語の終盤で紫のスカートの女が起こしたある出来事をきっかけにその不気味な奇妙さが読者の目にも明らかになることになります。
『むらさきスカートの女』を読んだ感想
この作品はコメディともミステリーともホラーともいえる読む人によって印象の変わる奇妙な物語です。
物語自体はユニークな感性の「わたし」の一人称で綴られるため、コミカルで滑稽な描写も相まってとても面白く読み進められます。
おかしいと思っていた人が普通の人であり、おかしくないと思っていた人がおかしな人であったという逆転の仕掛けは非常に見事な構成だといえるでしょう。
「わたし」に対する奇妙な違和感
「わたし」は物語中一貫して紫のスカートの女のことを事細かく観察しています。
初めは彼女がどれだけ変わり者か、そして中盤ではその変化していく様子をずっとみつめているのです。
しかし読み進めるにつれてその「わたし」の行動に違和感を感じ始めます。
紫のスカートの女と友達になりたいという可愛らしい願望が原動力なのですが、その理由が不明瞭であること、そして「わたし」のしていることはストーカー行為そのものだからです。
コメディなのかミステリなのかホラーなのか
「わたし」の感性がユニークであるためか一人称もコミカルでとにかく読みやすくなっています。
しかし「わたし」の正体が明らかになるにつれ、ふんわりとした恐怖や気持ち悪さを覚えてくる人もいるのではないでしょうか。
対して物語の初期に「わたし」が変わり者として語っていた紫のスカートの女の印象も変化しており、「わたし」と「紫のスカートの女」の印象がいつの間にかすり替わっているのです。
これは一人称ゆえの見事なトリックともいえるでしょう。
奇妙な読了感
物語の終盤ではむらさきのスカートの女と「わたし」がはじめて接触を果たします。
そこで「わたし」のおかれた状況がはっきりと描かれるのですが、ここで読者に「わたし」の異常性が伝わるようになっています。
犯罪といえるものではない、でもこの人は怖い、といううすら寒い恐怖です。
そしてラストの描写では黄色いカーディガンの女の真実が日常の風景の一部として描かれるのですが、その読了感は実に不思議なものでした。
喜怒哀楽のどれにもあてはまらない読了感はこの作品があえて意図するところかもしれません。
『むらさきスカートの女』はどんな人におすすめ?
この作品はコミカルでありながら奇妙な読了感を味わえる作品となっています。
全体的に読みやすく分量的にも少なめなので、満足いくまで読み返せるところもこの作品の魅力となっています。
そんなむらさきのスカートの女はこのような方におすすめです。
- 芥川賞作品を読んでみたい
- 働いている女性
- 作品の考察を楽しみたい
本作は芥川賞作品の中でもユニークな文体は馴染みやすく、普段文章を読まない人にも読みやすい作品といえるでしょう。
芥川賞作品は敷居が高くて詠んだことがないけれども一度読んでみたいという方におすすめです。
また、この作品は女性中心の職場の様子が非常にリアルに描かれています。
紫のスカートの女が職場に人間とのかかわりにより良い方向にも悪い方向にも変化していく様子は働いている女性は共感を得やすいかもしれません。
作品の考察を楽しみたい人にもおすすめです。
とても読みやすい物語ですが全編「わたし」の一人称で進んでいくため真実がつかみにくいところもあるからです。
読み終わった後にもう一度作品を読んで「わたし」の正体について考察を巡らせるのも面白いのではないでしょうか。
おわりに
少々敷居の高い印象のある芥川賞ですが、この作品はその中においてもそのコミカルな描写で抜群の読みやすさを誇る作品であると思います。
しかし中身は決して単純な物語ではなく、現代社会に潜む静かな狂気をじわじわと感じられるものになっています。
その狂気に気づいた時の得られる奇妙なカタルシスはこの作品を最後まで読んでみたいと味わえないものでしょう。
著:今村 夏子
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