数々の恋愛作品を手がける直木賞作家、山田詠美さんの19作品目の小説「ラビット病」。
作品のあとがきに、「この物語は、あくまでフィクションである。」と書かれていますが、そのすぐ下に(ほんとだからね!!)と吹き出しのような言葉を間に挟んでいます。
読者と山田さんが会話をしているような気持ちになる文章が組み込まれていることで、小説として、本としても読みやすい工夫が散りばめられている点も魅力の一つです。
特に、女性の繊細でリアルな女心を赤裸々に表現する文章は、世の女性が自分の物語のようだと共感を得てしまう作品も数多く、時代が経っても女性ファンの多い作家さんです。
そんな恋愛小説の金字塔が描く今回の作品は、ちょっぴり変わった国際カップルの物語。
性格も、過ごした国も、価値観も、家庭環境も、全てが違う2人の生活が描かれています。
周りからも引かれるほど、お互いを愛し合う姿は、純粋な人間愛とも言えるでしょう。
著:詠美, 山田
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『ラビット病』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | ラビット病 |
著者 | 山田詠美 |
出版社 | 新潮文庫 |
出版日 | 1994年10月28日 |
ジャンル | 恋愛小説 |
「ゆーりちゃん、ローバちゃん」
お互いをこう呼び合うカップルが居ました。
「ラビット病」というタイトルの通り、うさぎのようにいつも寄り添い、くっついています。よくある恋愛物語と思いきや、この2人、どこか変わっています。
お金持ちではあるものの、自由奔放でわがままな女の子のゆり、そんなゆりに振り回されながらも、愛し続けるアメリカ軍人の純粋な青年ロバート。
正反対な性格ですが、どちらも欠けることのできない存在であり、お互いの一番の理解者でもある、特別な関係性です。
この凸凹なふたりの日常は、まるで毎日がサプライズのように物事が巻き起こります。
家・職場・近所・友人といった狭いコミュニティーではあるものの、いかに楽しむ工夫ができるか、私たちに教えてくれる一冊となっています。
『ラビット病』のあらすじ
恋愛物語では、ドキドキする展開が必須となります。ですが、こちらの作品では周囲を巻き込んだ”ドタバタコメディ”という言葉が相応しいです。
物語自体も、1話完結型のように短編で構成されており、テンポよく読み進められます。
気分屋さんのわがまま娘と真面目で堅実な青年
物語の大部分は、ゆりちゃんのわがままに付き合わされるロバートという構図で展開していきます。
ふたりが付き合い始めたのは1ヶ月前、周囲に反対されながらも交際をスタート。
ゆりは、ロバートに文句を言いつつも、いつも気にかけている存在です。
ロバートもまた、ゆりの行動に驚愕しつつも、いつか認められるような男になりたいと思っていました。
物語の中でロバートは、横田基地に勤務する黒人の真面目で情に厚い好青年なので、自分が何とかしなければと父親の役割も果たしています。一方で、ロバートの子供のようなゆりは”お金持ち”という設定です。
では、このお金、一体どこからきたものでしょうか。
実はこのお金、ゆりの両親が亡くなった際に残った遺産が一人っ子であったこともあり、ゆりの手に渡ったというものでした。これにより、現在は無職でお金を使い放題なのですが、ガス料金も払っていなかったりとだらしない生活を送っています。
ゆりのような生涯孤独なお金持ちは、金銭感覚や一般常識もありません。
そのため、お金目当てで近づく人も多いことから、このような意地悪い性格になってしまったとも捉えられるでしょう。
だからこそ、自分がお金持ちであるとロバートに告白した際、「ぼくは、きみがお金持ちだって気にしないよ。それが、何だって言うんだ。きみの人間性にかわりなんかないよ」と本心からの言葉で返してくれたことが嬉しく、心惹かれたのでした。
ロバートの元カノとゆり
ある日、ロバートの出勤を見送ったゆりの元へ、ロバートの元カノであるという”ミミコ”と名乗る女性が尋ねてきます。色白で小太りの上品な雰囲気を持つ女性でした。
なんとこのミミコ、ロバートと復縁をしたいとのことでアパートへとやってきたようです。
ここでゆりは、ミミコが炊事・洗濯・掃除をロバートのために行っていたことを知り、嫉妬のようなものを感じます。
その場では、ミミコを引きずり、ドアの外へと放り投げて追い出したゆりでしたが、自分の中に出てきたモヤモヤした気持ちに耐えきれず、とうとう家出をしてしまいます。
都内のホテルへと行き、高価なシャンパンを飲みますが、ロバートがいないとちっとも美味しくありません。
やっぱりロバートのことが恋しくなったゆりは、アパートへと戻ります。
すると、部屋が風船で装飾され、シューマイを買ってきてくれていました。
ゆりは、「ロバちゃんのヘソみたい」と言いながら食べ、ロバートはその様子を涙ぐみながら見つめ、お互いに幸福とはこういうものなのかなとしみじみ感じるのでした。
ゆりの嫁入り
夫婦になるというより、親子という関係に近い2人ですが、最終的には結婚に至ります。
この物語では、「『結婚』という二文字を頭の中に思い浮かべると、ゆりは、なんだか走り出したくなる。」という一文から始まります。ゆりの破天荒な性格の反面、無邪気で素直な可愛らしさが詰まった文章表現です。
秋が深まる頃、2人は立ち会い人の友人であるアレックス・石原と待ち合わせ、大使館に向かいます。
格好付けるのが嫌いな2人は、ロバートはナイキのスニーカー姿、ゆりはスパッツ姿という自分らしい姿で婚姻手続きをします。
手続きを終えてから3時間後に近くの天ぷら屋さんに腰を下ろし、緊張感がほぐれて、和やかな雰囲気に包まれてきます。
ここで、ゆりの後輩である石原が「ゆりさんをもらってくれるなんて、奇特な男は、ロバートさんしかいませんー」と言い放ったが、ロバートは「ゆりちゃんなんか、ちょろいもんさ。だって、ぼくは彼女を暖める方法を知っているんだもん。ー」といいます。
ゆりが頬を赤らめ、恥ずかしさのあまりレモンをロバートに向けて絞り、それを口に咥えた海老の天ぷらで防いで終わりを迎えます。
『ラビット病』を読んだ感想
『ラビット病』というタイトルのみを聞くと、カップルののろけ話としか思わないかもしれません。
たしかに、一見すると淡々とした日常を見せられているだけとも思われます。
ただ、このカップルのことは、なぜか応援をしたくなる。
未来への憧れと現在の取り繕わない生活風景を描写することで、独特な世界観ではあるもののリアリティを生み出してしまっているのです。
その世界観にハマることで、いつしか恋愛の中から見る人生の形を読者それぞれが考えることになるという不思議な本のように感じました。
偏っているのではなく、そもそも何が普通なのか。
哲学の視点からみても面白い作品となるでしょう。
小さな発見は楽しい1日のはじまり
結婚に至るまでのふたり暮らしは、やっぱり変わっています。
ゆりが近所のおばあさんから貰った餅菓子の一種「すあま」を養子として迎え入れようと言い出す話があります。
最初は戸惑ったロバートですが、段々と愛着が出て可愛がりだし、クッションに乗せて一緒にテレビを観たりもしました。
結局最後は、乾燥してひび割れてきたすあまをみたゆりは、すあまを投げつけて割ってしまい、またも身勝手な行動でロバートを驚かせてしまいます。
このお話では、ただのお菓子を本当の子供のように大切にする様子が描かれていますが、大人が子供のごっこ遊びを本気で楽しみながら過ごす日々は、とても素敵です。
忘れかけていた子供の頃の”純粋な憧れの気持ち”を大人になっても持つということは、決して彼らが幼いということではありません。創造性の豊かさに衰えがないのです。
だからこそ、ゆりの感性豊かな性格からただのお菓子も、宝物のようにふたりには見えたのでしょう。
人種。性別。いや、貴方が好き
米軍基地に勤務する黒人のロバート、無職で日本人のゆり。
ロバートのイメージとして、日本人女性は慎ましく、品のある女性像を持っていたようです。
ですが、ゆりとお付き合いをはじめてからは、「ゆり」として見るようになっています。
つまり、日本人のゆりとしてではなく、ゆりという人間を好きになったということです。
思い返してみてください。
冒頭部分の付き合うきっかけとなった場面では、ロバートはゆりがお金持ちであることをプラスに思うのではなく、お金目当てで交際を始めたと思われることの方を心配していました。
なぜなら、ゆりの魅力はお金ではなく、その中身だからです。
ここでは、純粋に等身大の相手を愛す、という感覚が何となくわかるような場面となっています。
自分はどうするか
結末のゴールインでは、婚姻手続きに向かう際のファッションによってふたりらしさが出ています。
「私たちは格好付けるのが嫌いだから」という理由で、各々カジュアルで好きな格好をしていました。
現代では、常識・当たり前に対しての考えを見直そうという改革が行われているので、今の読み始めても時代に合った方向性となっています。
ゆりの後輩である石原が、自分は一張羅の背広を着て来たのにそのももひきは何だという箇所がありますが、一張羅が背広だなんて誰が決めたのでしょうか。
自分自身が思う一張羅で大切なスタートを切るところも、決意を決めているようで格好良いラストでした。
ゆりの悪戯にも慣れたロバートがレモンの果汁を海老の天ぷらで止めるというのも、ゆりの全てを受け止めるロバートの性格を示しているようです。
特に今後の展開については明記されていませんが、新たな門出にこれからも相性ピッタリなふたりの様子が読者の目に浮かんでくるものとなっています。
『ラビット病』はどんな人におすすめ?
こんな方々は、きっと読んで損はしない一冊だと思います。
- 日常に新たな視点が欲しい人
- 長い文章に飽きてしまう人
- コメディ要素がある恋愛小説が好きな人
物語というよりも、1日1日のふたりの生活を覗いているという感覚になります。
特に大きな事件は起こらないけれど、今日少しだけ面白い出来事が起きたと友人の話を聞くような、そんな気軽さで読み始めてもいいかもしれません。
ひとつの章が短く、会話や心の声、そして何と言ってもゆりの奇想天外な言動の数々に笑いを誘われ、あっという間に読み終えてしまいます。
気になった方はぜひ一度、御気軽にお手にとってみて下さい。
おわりに
山田詠美さんの著書は、大人の恋愛を描いた作品が多く、恋愛を通じて男女の価値観の違いや人間の卑しい部分、ズル賢い部分を浮き彫りにさせます。
人間の本能的欲求でもある性に密着しているからこそ、愛とは何か、人間と人間の対峙について深く考えさせられるような作品が多いのでしょう。
山田詠美さんの作品の中で、『ラビット病』というと知らない人も多い作品かと思います。これまでの作風とは、少し違った印象であることから知る人ぞ知る作品となったのかもしれません。
読み手の読む状況によって捉え方が変化する、”共に成長できる本”です。
歳を重ねて何度も読み返したくなる一冊なので、この機会に本棚へ追加してみるのはいかがでしょうか。
著:詠美, 山田
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