さがしもの、探しもの、捜しもの……。
人はいつでもなにかをさがして生きています。
それは目に見える物であったり人物であったり、姿かたちのないものであったり。
目当てのものをさがし当てたそのとき、あなたが見出すのはどんな感情ですか?
うれしい気持ち、かなしい気持ち、なつかしい気持ち、あたたかいのかつめたいのか、それは様々です。
本に愛された登場人物たちの、なにかをさがすという行為に込められた切実な祈りを、いっしょに見ていきましょう。
著:角田 光代
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『さがしもの』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | さがしもの |
著者 | 角田光代 |
出版社 | 新潮社 |
出版日 | 2008年10月28日 |
ジャンル | ほっとする短編 |
本という存在が救ってくれた一瞬、またはその一生を、9人の男女が語ります。
15ページほどのお話から30ページほどのお話まで、長さはまちまちですが短編集なのでどれもあっという間に読めてしまいます。
ひとつひとつのお話が軽く心あたたまるものばかりなので、気が向いたときにさっと手に取れるところも利点でしょう。
かたちはそれぞれですが、自らの人生に苦悩する主人公たちはどこか読む人と重なると思います。
『さがしもの』のあらすじ
本にまつわるあたたかい短編9つで形成されたのが本作品です。
どの登場人物もみんな本になにかしらの縁がありました。
旅先の旅館で出会った手紙が挟まれた本や、すさんだ生活を救ってくれた幻の本……。
なにかをさがしてさ迷い歩く主人公たちは、本によってそのなにかを見つけるのでした。
ほっとする9つの物語
ここでは9つの物語の中身から厳選して、少しだけ紹介していきたいと思います。
1編目は『旅する本』というタイトルそのままのお話で、主人公が18歳のとき売りに出した本と、遠い異国で何度も出会うのです。
年齢を重ね読むたびに内容が変わっているように感じる主人公は、なにを思って何度も本を手放しまた買うのでしょうか。
『不幸の種』という少し不穏なタイトルの5編目ですが、主人公は見知らぬ本が部屋にあることでそれが不幸を呼び寄せていると思い込み、わけあって友人にその本を預けます。
その友人にも不幸が舞い込んだ……と思いきや当の本人は主人公とは違う考え方でその不幸を不幸と見ていませんでした。
表題作にもなっている『さがしもの』は8編目にあり、病床に寝込む祖母のため、14歳の少女はあらゆる本屋を駆け回ります。
とある本をさがし求める祖母に変わって少女が見つけたものとは……。
本と成長する主人公たち
どの物語にも共通しているのは本にまつわる話だということと、その本とともに主人公たちが成長していくという点です。
たとえば6編目の『引き出しの奥』というお話。
男関係ですさんだ生活をしていた女子大生が人づてに聞いた幻の本という存在と出会うことでその生活から脱し、光り輝く未来へ一歩踏み出します。
本はいつでも主人公たちの近くで、たまには主人公たちの背中をそっと押したりして、その未来を見守っていました。
本とは近くで静かに励ましてくれる存在であると、本が常に生活のなかにある人などはその感覚がわかるのではないでしょうか。
そうでない人でも、人生のどこかで本が救ってくれる瞬間があるといいなと、本好きの私は思います。
彼と私の本棚
4編目にある『彼と私の本棚』は私が特に気に入っているお話です。
主人公の本棚を見た恋人であるハナケンはまるで自分ちの本棚みたいだと言います。
本の好みにまとまりがなくいろんなジャンルが本棚にさし込まれていることなどもあり、ふたりは持っていない本をお互いから借りて読むということを繰り返しました。
同棲して本棚がいっぱいになったらもっと大きなのを買えばいいと語り合い、永遠をいっしょに過ごすんだと、若いふたりは思っていました。
しかしハナケンには別の好きな人ができてしまい、ふたりは別れることとなるのです。
主人公は知らず知らずのうちに傷ついていましたがそのことを認めず無理やり前に進もうとして、手元の本の記憶を辿り気持ちに整理をつけるのでした。
本が持つ共有した記憶のことや、ふたりを結んだ本という存在、ただ文字が印刷されただけの紙の束がこうして人に寄り添い癒すということは、現実世界でもあるでしょう。
本は物語に登場するだけで登場人物たちをより身近に感じられる、そういうツールでもあると、私は強く思いました。
『さがしもの』を読んだ感想
心あたたまる9つの物語は、本がテーマなのでもしかすると読書が好きではない人にはつまらなく感じるかもしれません。
けれどだからこそ、本作品を読むことで本の魅力に気づいたり再確認したり、本ってただ文字を目で追うだけのものじゃないんだと気づくこともあると思うのです。
そういうことがあれば作家はもちろん、ここでこうして紹介している私も報われます。
本を読むことを避けたりしていた人が、もしこの本を読んで少しでも本に読書に興味を持ってくれたならば、そんなにうれしいことはありません。
本という存在の魅力を改めて知る、そんな作品でした。
世界を持つ本
本というのは喋りませんし、音も鳴りません。
動かないし、思考も感情もありません。
でも、本には物語があります。
もともと本が持つ活字で書かれた世界の物語と、古本であればそれを手に持ってきた人たちの物語やその本が体験した過去など。
動かなくとも喋らなくとも、世界をたくさん持っている本という存在がどんなに素晴らしいものか、この本は教えてくれました。
私はこの本が世に出てくれて、この本に出会えて、本当によかったと思います。
本に愛されるということ
本作品の主人公たちはみんな本に愛されているように見えました。
本に縁があるという時点でそうだろうなとは考えていましたが、読んでみるとさらにその思いが強くなりました。
本も愛せば愛し返してくれるという想いが本作品には込められているようです。
小学生のころからずっと本が好きだった私は、いまだに本に愛された記憶がありません。
それはきっと真剣に本を愛していないからなんだろうかと、読了後に思いました。
旅先までついてくる売ったはずの本、すさんだ生活から救ってくれた幻の本、遠い昔に万引きして手に入れた本、初めてのバレンタインに恋人に贈った本……。
どの本もみんな主人公を愛していたから、ささやかな祝福を贈ったのでしょう。
角田光代の交際履歴
本作品のあとがきは著者である角田光代のエッセイになっています。
タイトルは『交際履歴』。
過去の恋人とのお話がどうしてここで?そう思ったのは私だけではないはずです。
角田光代にとって本を読むということは、誰かと一対一で交際をするように特殊に個人的であると語っています。
彼女は本と向き合い、それこそ本当に人を愛するように本を愛したのでしょう。
だからこそ、本への愛にあふれたこの短編集が書き上げられたのだと、私は思っています。
『さがしもの』はどんな人におすすめ?
気軽に手に取って読める短編集だということ、内容も難しくないということで、中高生にも簡単に読める作品です。
切なかったり可愛かったりする恋愛を絡めたお話も多いので楽しく読めるでしょう。
わけがあって読書を敬遠していたという方にはぜひ読んでもらいたいです。
以上を踏まえてこの本を強くおすすめしたいと思うのは、
- 軽い短編集を探している人
- 普段あまり読書をしない人
- 本を敬遠している人
といった方々です。
おわりに|本とは、誰かの想いと手にした人の背景でできている
人が本を愛するように、本も人を愛することがあると痛感させられました。
もちろんただの紙でインクです。
けれどそこには確実に見えないなにかがあると私は信じています。
人がさがし続けるなにかを見つけるのは、同じ人だったり娯楽だったりするでしょう。
そしてそこには必ず、本も入っているのです。
本には神様が宿っている、なんてことを言うつもりはありませんが、本には本の意思があり力があるのです。
すてきな本に出会えたとき、私が本を選んだのか、本が私を選んだのか、個人の自由ですが私は後者であればいいなと思わずにはいられません。
著:角田 光代
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