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『そして、バトンは渡された』感想|「幸せ」の形の多様性

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この作品は、血のつながらない大人の間をたらいまわしにされながら育った女の子の物語です。

このように書くと、非常に悲惨な境遇の女の子の」可哀想な物語なのだと感じるかもしれません。

しかし実際は、主人公の出だしの言葉である「困った。全然不幸ではないのだ」というセリフが全てを集約している、「幸せな物語」だったりするのです。

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『そして、バトンは渡された』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトルそして、バトンは渡された
著者瀬尾まいこ
出版社文藝春秋
出版日2020年9月2日
ジャンル青春小説

この作品は2019年本屋大賞受賞作品です。

作者である瀬尾まいこさんは、世間で一般的といわれているものではない人と人との関係の多様性を独特の雰囲気であたたかく書かれる作者さん。

この作品も同じく「家族の多様性」についてふんわりと切り込んだ作品となっています。

『そして、バトンは渡された』のあらすじ

母を亡くし、実父と別れ、継母にひきとられ、さらに継母と再婚した男性にひきとられること2回という、次々とバトンが引き継がれるように養育者が変わっていく主人公優子の物語。

その特殊すぎる環境ゆえに教師たちからは「辛い目に合っているに違いない」と思われていますが、ところが当の優子はちっともそんな風に思っていないのです。

実父との別れと継母

優子の父母たちは一風変わっている大人ばかりです。

母が亡くなった後、優子の実父は梨花という女性と再婚します。しかし離婚となった時に優子をひきとったのは梨花さんでした。

梨花さんはしばらく優子と二人暮らしをしていましたが、ふと優子がもらした「ピアノが習いたい」という言葉がきっかけで資産家の泉ヶ原さんと結婚します。

継母とその再婚相手たち

しかし次第に梨花さんは泉ヶ原さんの家に居つかなくなりました。

「一緒に行こうよ」という梨花さんの申し出を断った優子は静かに泉ヶ原さんと暮らしていましたが、突然やってきた梨花さんは東大出身の森宮さんと再婚したことを告げ、優子をひきとっていくのです。

しかしその森宮さんとの生活も、たった二か月で梨花さんは出て行ってしまいます。

残された優子は「優子ちゃんの父親になれるなんて得した気分」とうきうきと言ってのける森宮さんと暮らすことになりました。

最後のバトンリレー

優子は森宮さんと数年暮らしました。

あまりに特殊な環境から教師に心配されたりもしましたが、優子はちっとも困っていませんでした。

そんな優子のバトンリレーもついに最終走者にバトンは渡されることになりました。

しかしこれまでと違うのは、最終走者は優子自身が選んだということでしょう。

最後のバトンリレーに集まったこれまでの走者たちと最終走者、そして優子の会話は「幸せ」に満ちており、この物語の余韻までも幸せなものにしてくれます。

『そして、バトンは渡された』を読んだ感想

主人公優子の境遇は決してよいものであったとは思えません。

しかしこの一見悲惨な境遇を「幸せ」な結末に変えていけたのは、それぞれがそれぞれを思いやる気持ちが上手く絡み合ったからでしょう。

優子が、もしくは養父母たちが少しでも自分を「悲惨」「可哀想」と思い、誰かを恨む気持ちがあったのならこの素晴らしい関係にはなれなかったかもしれません。

梨花さんという魅力的な女性

優子の継母である梨花さんは、一見非常識で優子にとって酷い母親であるように見えます。

世間で一般的に思われている「良い母親」であるなら、優子の意志を無視して次々と男性と再婚したりはしないでしょう。

しかし読み進めていくと、梨花さんが梨花さんなりに真面目に優子のことを考え優子の為になるように行動をしてきたことがわかります。

例えば、ピアノが習いたいとぽろりともらした優子の言葉をきっかけに、ピアノを所持している泉ヶ原さんと再婚するのが良い例でしょう。

少し感覚がずれているけども非常に魅力的な女性として梨花さんは描かれています。

そして優子もそんな梨花さんのことが大好きだと作中では何度も書かれています。

この二人の関係こそが優子が「全然不幸ではないのだ」と言い切れる根拠となっているのでしょう。

思いやりと料理

最後の養父、森宮さんとの日々はとても楽しそうに描かれています。

東大出で高学歴の森宮さんですが、血のつながりのない優子を押し付けられる形になっても「なんか得した気分」と本心から言いきれてしまう男性でもありました。

さすがに疲れて「もうどうでもいいや」と思うこともあった優子ですが、森宮さんと生活を共にするうちに、そんな感情は薄れて言ったように思えます。

森宮さんは一風変わっていて、落ち込んでいる優子に連日餃子を作って食べさせたり、受験勉強の夜食にうどんを作ってくれたりするのですが、実のところ優子は「少し迷惑だな」と思っていました。

しかし結局優子は何も言わずむしろ有難いことだと思いながら食べるのですが、二人の互いへの思いやりに満ちたほのぼのとした会話は、この特殊な「幸せ」を形作る上で欠かせない要素だと言えるでしょう。

覆される固定概念

この物語を読了すると、両親がいなから、血のつながりがないから幸せではないだろうという固定概念を覆されるように感じました。

もちろん優子も寂しいと思ったり、恋愛に悩んだり、自分が此処に居てよいのか迷ったりもするのですが、バトンを受けた一人一人の思いやりにより「私は不幸だ」と思うことはありません。

一般的でない環境の中でも人が人と暮らしたい、人が人と幸せにありたいと考え、それぞれが少しづつ努力することで幸せを引き寄せることが出来る、そんなことをこの物語は教えてくれます。

『そして、バトンは渡された』はどんな人におすすめ?

瀬尾まいこさんの本はどれも読みやすいものばかりですが、本作は読みやすさに加えて「家族」について考えさせられる物語にもなっている一作となっています。

  • 堅苦しくない文書の本を読みたい人
  • 美味しそうな料理の描写が好きな人
  • 物事に対する視野を広げたい方

瀬尾まいこさんの文体は、やわらかでユニークさに満ちているのが特徴です。

そのためとても読みやすく、読書初心者の方でもするすると読み進めることができるでしょう。

 また、この物語には美味しそうな料理の描写がたくさん登場します。

餃子、味噌汁、きのこ御飯、アップルパイ、そしてふわふわのオムレツを挟んだサンドウィッチ。

特に餃子に対する森宮さんと優子のとりとめのないやりとりはフフッとさせられながらも美味しそうで、読了後にはついつい餃子を食べたくなるに違いがありません。

そして物事に対する視野を広げたい方にもこの本はおすすめしたい一冊です。

幸せとは何か、どのように幸せになれるのか。

優子と養父母の一歩引いた、けれども優しいやりとりは読者に新しいものの見方を教えてくれるはずです。

おわりに

この物語はそれぞれの登場人物たちが少しずつ思いやりを出し合って作った優しい物語です。

身勝手な大人たちにバトンリレーのように家族を変えられてしまう女の子の物語であるのに、最後の最後まで幸せに満ちています。

幸せの形はひとつではない、そう思わせてくれる物語なのです。

さまざまな多様性が受入れられはじめた現代だからこそ、この本が本屋大賞に選ばれたというのも納得できると言えるでしょう。

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