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「何より、肝心なのは、自分で自分を”良し”と納得することかもしれない」
主人公、今昔亭三つ葉の言葉です。
自分で自分を”良し”とすることは、簡単なことのように思えて実はすごく難しい。
”良し”が多そうに見える人でも、実は殻をかぶって、それらしく振る舞っているだけなのかもしれません。
自分で自分を”良し”とする、すなわち自信を持つためには、何が必要なのだろう。
そもそも、自分は自分を”良し”と認めてあげられているだろうか。
この作品は、そんな普遍的な問いをテーマにしながらも、落語特有のテンポの良さが相まって軽快に読み味わえる作品です。
出典:Amazon公式サイト
タイトル | しゃべれども しゃべれども |
著者 | 佐藤多佳子 |
出版社 | 新潮社 |
出版日 | 2000年6月1日 |
ジャンル | 落語小説 |
落語家(噺家)にスポットを当てた、下町情緒あふれる作品。
落語をとおして古き良き日本の伝統も感じられる点が魅力的です。
映画化もされており、作者の代表作のひとつとして数えられています。
主人公は、三度の飯より落語が大好きな噺家の今昔亭三つ葉。
頑固で気が短く、喧嘩っ早いですが、困っている人や女性を放っておけない性格です。
事の始まりは、従弟の「綾丸良」から吃音を直すのに力を貸してほしいという依頼が舞い込んだことでした。
噺家という職業に対しては、言葉を巧みに操るイメージを誰もが持っているのではないでしょうか。
綾丸良はそのイメージから、三つ葉に教えを受けることで自分の吃音が直るのではと期待しました。
面倒事が嫌いな三つ葉は、どうにか良の興味を別のものに逸らせることはできないかと、師匠への依頼のひとつであった「話し方教室」に彼を呼び出します。
同行した三つ葉はそこで、師匠の話を最後まで聞かずに席を立つ、無礼な女性と出会うのでした。
ひょんなことからその女性「十河五月」に落語を教えることになった三つ葉。
なぜか流れに便乗して、吃音を直したい良もセットでついてくることになります。
なんとそのやり取りを聞いていた女性も息子の「村林優」を連れてきました。
関西弁を直してほしい、というこれまた落語とは異なる依頼です。
まったくお門違いの依頼を突きつけられた三つ葉ですが、勢いに押されて引き受けてしまいます。
どこかで投げ出してしまいたいと頭を抱える三つ葉でしたが、これが大きなドラマを生むことになるのでした。
人に落語を教える立場になっておきながら、実は三つ葉の落語もうまくいっていませんでした。
噺家として一人前の真打までは、まだほど遠い。
舞台には立てるものの、師匠の真似事だと厳しく指摘されます。
それぞれが、自分に”良し”と言える部分を持てない凸凹の弟子たち。
日々向き合うに連れて、自分もそのひとりであることを三つ葉は思い知らされます。
彼らはどのように自分と向き合い、自信を得ていくのか。
丁寧に、それでいて軽快に彼らの奮闘が描かれていきます。
数々の受賞歴を持つ作者だけあって、確かな構成力は圧巻です。
やや厚めの文庫本ですが、不思議とすんなり読めてしまいます。
今昔亭三つ葉は、物語の中で次のように語っています。
「なぜ、小三文師匠に弟子入りしたのか思い出した。好きなのだ。好きなものは、どうしても好きなのだ。似ても良いのだ。師匠の落語が俺の原点だ」
祖父の影響で落語が好きになり、そのままの勢いで飛び込んだ落語の世界。
伸び悩む自分を奮い立たせるための言葉です。
師匠の落語を客席から見たことで、原点となった気持ちを思い出したのでした。
自分にとって好きと言えるものがあることは、自分の人生を前へと押し進めてくれます。
好きだといえる原点を持つ素晴らしさ、そしてその好きを突き詰めていくことの難しさを絶妙なバランスで表現しつつも、それでいいと肯定してくれるようなメッセージを感じました。
三つ葉の凸凹な弟子たちは、心のどこかに引っ掛かりを感じていて、自分を”良し”と肯定してあげることができません。
「自信を持つ」ということは、物語のテーマとなっている部分です。
キラキラした主人公ではなく、誰の心のなかにでもいそうな「自信を持てない自分」がキャラクターとして反映されていることで、親近感を持って読み進められる作品です。
物語がとにかく全編を通してどことなくリズミカルで、勢いに乗って読み進められます。
言葉の組み合わせや響き、ユニークな例えで「読ませる」文章は、作者・佐藤さん独特の文体がキーポイントです。
卓越した表現力で、登場人物たちの心境をリアルに描き出す場面は特に引き込まれました。
久しぶりにこんなにも惹かれる文章に出会ったと感じたほどです。
物語を楽しむことはもちろん、多彩な表現に魅せられて、言葉を読むことそのものを楽しめる作品です。
この作品はこんな方におすすめです。
もちろん、落語の知識がなくても大丈夫。
作者の表現力の幅に驚かされること間違いなしです。
劇的な展開が用意されている物語ではないかもしれません。
しかし、忘れがちな「自分」との向き合い方を教えてくれる作品です。
そして、物語のなかには終始ゆったりとした笑いが漂っています。
クスっと笑える箇所もあり、まるで落語の一部として楽しんでいるかのよう。
ライトノベルや、読みやすく短い作品を好んで選ぶ人にこそ読んでほしい、日本の文化と緻密な文章構成が融合した、読み応えのある作品です。
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