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『ツバキ文具店』感想|小川糸が綴る代書屋をとりまく人々の思念

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人のあたたかさ、つめたさ。

ふとそういったものに触れたくなることはありませんか?

小川糸さんが綴る鎌倉での物語『ツバキ文具店』はそんな些細な心の穴を埋めてくれます。

人々の想いを受け取り代わりに届けることを仕事とする主人公、そんな主人公と友人のように、ときには生徒と先生のようにつかず離れず、一定の距離で見守ったり頼ったりしてくれる鎌倉の人々……。

心に棲み続ける亡くなった祖母との確執を、祝福へと浄化し一歩を踏み出そうとする主人公は強かでまぶしくなります。

著:小川 糸
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ツバキ文具店の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトルツバキ文具店
著者小川糸
出版社幻冬舎
出版日2016年4月21日
ジャンルなごみ系

この作品は、小川糸独特の日常生活に潜む冷たさも温かさも、ぜんぶを感じることができる作品です。

舞台は神奈川県、鎌倉市。主人公はそこで小さな文具店を営む雨宮鳩子。

同時に、代書屋─今では文字に関するヨロズ屋─としても人々に寄り添い生きています。

彼女が代書するのは、お悔み状、借金を断るための文、義理の母へ贈る還暦を祝うカード……。

代書、と銘打つものなのでどれも彼女自身が誰かに渡すための文章ではないけれど、それは確実に彼女にしか書けないものでした。

ツバキ文具店のあらすじ

鎌倉に住む代書屋の鳩子のもとには、日々手紙に関するやや変わった依頼が舞い込みます。

鳩子は人々の心にやさしく寄り添いながら自分の仕事をこなしていくのです。

ツバキ文具店をとりまく人々

『ツバキ文具店』は主人公鳩子を中心に、様々な事情を持つ人々が登場します。

まず主人公の雨宮鳩子は雨宮家の11代目代書屋として鎌倉で人々の想いを代わりに届けています。

そして鳩子の先代、彼女は10代目代書屋で、鳩子の祖母でもあり女手一つで鳩子を育てました。

雨宮家のお隣に住むバーバラ婦人は明るく楽しく毎日を過ごす、鳩子いわく少女のような人で鳩子をポッポちゃんと呼ぶ存在の一人でもあります。

みんなから男爵と呼ばれるのは、いつも着物姿で鎌倉を歩いている芯がしっかりとした偉丈夫なのですが、実は幼い鳩子のことも知っていたり……?

帆子さんはバーバラ婦人などからパンティーと呼ばれ親しまれながら小学校の先生として働く女性です。物語のクライマックスには衝撃の告白もするので必見ではないでしょうか。

雨宮家の近くに越してきた5才の女の子QPちゃんは鳩子と文通をしていて、そのお手紙たちは毎回鳩子の胸の内を癒すこととなるのです。

QPちゃんにおとしゃんと呼ばれるのはその呼び名通りQPちゃんの父親で、男手一つで幼い娘を育てています。

あらすじや内容

夏、秋、冬、春。

この作品は4つに章分けされています。

それぞれの季節のなかで織りなされる出来事はどれも心があたたまるものばかりで、ときに鳩子は元ヤンキーの影をちらつかせますが、それすらも彼女の成長剤となっていることでしょう。

そして、この物語の主軸はなんと言っても、鳩子と先代の関係です。

先代は3年前に亡くなっているのですが、生前鳩子とは代書屋をめぐり不仲でした。

それもそのはずで、同年代の女の子たちが流行りの洋服を着て好きなものを食べ旅行へ行っているあいだ、鳩子は先代のもとでひたすら文字を書く練習をさせられていたのですから。

しかし代書屋として魂を込めて仕事を成す鳩子は依頼の文を書く際、そばに先代を感じています。

先代が遺したもの

先代はあまりに多くのものを鳩子に遺しました。

それはツバキ文具店に、鳩子の心に頭に、そして体に。

たとえば店の表に飾られる『ツバキ文具店』の文字は先代が書いたもので、それに関しては鳩子も惚れ惚れするくらいやはりいい字だと思っています。

たとえば仕事をする鳩子を支えているのは心に遺された先代の『代書屋は決して陽の目は見ないけれど、誰かの幸せの役に立つ、感謝される商売なんだ』という言葉でした。鳩子はこの言葉を意識しているのか、たびたび『果たしてこの手紙はきちんと誰かを幸せにするのだろうか』というようなことを考えこんでしまいます。

そしてたとえば書く所作、それのすべては先代に叩き込まれたものでした。『筆管を真っすぐに立て、肘を上げる、よそ見をしない、体は正面を、呼吸を意識する。』幼い鳩子には苦でしかありませんでしたが、今となっては仕事を支える大事な軸となっているのです。

鳩子と鎌倉の人たち

鳩子のお隣さんであるバーバラ婦人。彼女の印象はポジティブ、これに尽きるのではないでしょうか。

朝になれば元気にあいさつを交わし、ご飯に誘い誘われすることもあります。

大晦日の夜、バーバラ婦人は鳩子に言いました。『いいことを教えてあげる』と。それは唱えると幸せになれる秘密のおまじないでした。

『あのね、心の中で、キラキラ、って言うの。目を閉じて、キラキラ、キラキラ、ってそれだけでいいの。そうするとね、心の暗闇にどんどん星が増えて、きれいな星空が広がるの。』

鳩子は真似をして心の中で復唱して、『魔法みたい』と呟きます。

余談ですが、わたしはこの毎日を素敵に大切に過ごしているバーバラ婦人が作中で一番好きで、こんなふうになれたらなぁと、彼女は簡単に理想の女性像となりました。

そんなバーバラ婦人はもちろん男爵やパンティー、QPちゃんたちもみんな、ツバキ文具店の鳩子が大好きです。

作中、鳩子にはこれといって飛び抜けた魅力は描かれていませんが、ツバキ文具店をとりまく人々はみんな鳩子がどのような人間でどのように代書屋として人々に寄り添っているかを知っています。

真剣に想いを代わりに届ける役目を果たす鳩子を、鎌倉の人たちは持ち前のあたたかさで包んでいるのでしょう。

ツバキ文具店を読んだ感想

鳩子を主人公として書きながらも、いろんな人生の一瞬に触れられるような、袖振り合うも他生の縁という言葉を彷彿とさせてくれました。

書く、というただそれだけの行為を他人に任せることの重要さ、または任されることのプレッシャー……そんなものを知ることができる、少し稀な作品だと思います。

神奈川県、鎌倉市

作者の小川糸本人も本の舞台である鎌倉が大好きで、短期で家を借りて住むほどです。

小川糸が表現する鎌倉の暮らしは春夏秋冬どれをとってもぽかぽかとあたたかく、それでいてどこかツンとした冷たさもあります。

海と山があり、由比ガ浜などの観光地がありながらもひとつ道を外れればそこは閑静な古都の街。そんな空間の雰囲気を書かせたならば小川糸さんは最強でした。

私自身鎌倉は行ったことすらありませんが、ツバキ文具店は読むと鎌倉へ日帰り旅行にでも行った気分になれるので何度も読み返してしまう、そんな魅力を持っています。

代書を託すことの背景

代書屋の鳩子を頼るのはなにも鎌倉の人だけではありません。

彼女に託されるのは前述したようにお悔み状であったり借金を断る文であったりと様々で、しかしそれらはすべて依頼人の人生において大切な文なのです。

それを任される鳩子のすごさは言わずもがなですが、依頼人にもその文を鳩子に託すという各々の事情、背景があります。

作中そこまで詳しくは書かれませんが、その文を送るに至った経緯や代書して貰うことの理由などを通して、そこにはそれぞれの人生があるのだなぁとしみじみ思うことがたくさんありました。

ツバキ文具店はどんな人におすすめ?

人肌とはまた違った、心に寄り添ってあたためてくれるような存在の作品なので、

  • 常温のようなぬくもりが欲しい人
  • 鎌倉の空気を味わいたい人
  • 主人公の静かで素敵な毎日を覗きたい人

そんな人たちにおすすめしたい作品となっています。

まとめ

あくまで代書屋としての鳩子のお話ですが、読み進めるにつれツバキ文具店をとりまく人々や先代の想いがめぐりめぐって、それが今を生きる鳩子をひとりの素敵な大人へ導いていることがわかります。

鎌倉で見ることができる景色や店の描写はすぐ身近に感じられるくらい素朴で優しいもので、それゆえに特別感はありませんがそこに住む人たちの日常を垣間見れます。

なんでもない毎日がキラキラし出すような素敵なお話を、ぜひ読んでみてください。

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