本に関して、わたしが信用している人間のひとりにお笑いコンビであるピースの又吉直樹がいます。
高校生のころに読んだ村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』もその一冊なのですが、又吉直樹が紹介、絶賛する本には外れがないからです。
そして、西加奈子の短編集『炎上する君』もまた、そうなのでした。
西加奈子の本を読んだことがありませんし、わたしがこの本を手に取ったのはただ又吉直樹が絶賛していたからという理由だけです。
それでも読んでいる最中、そして読み終わったあと、わたしはどうしようもなく西加奈子の世界にどっぷりと浸かっていたのです。
著:西 加奈子
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『炎上する君』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 炎上する君 |
著者 | 西加奈子 |
出版社 | 角川書店 |
出版日 | 2012年11月22日 |
ジャンル | 少し変わったエール小説 |
8編からなる短編集であり、どれも少し空想的ですがそこにはしっかりと”現実”がありました。
比喩が独特なのに違和感などは全くなくて、その美しさにただ心打たれるだけなのです。
小説というより、もはや詩に近い作品でもあると言えるでしょう。
『炎上する君』のあらすじ
どのお話も地に足がつかないふわふわとした感じがあります。
物語のほうからこちらに話かけるように書かれた話、自分のお尻を自分から離れたところで改めて見る話、ため込んだストレスがガスとなり体が宙に浮いてしまう話。
ひとつのお話は決して長くはなく、暇な時間に読めてしまうものでしょう。
けれどその重みは、暇な時間に背負えるものではないはずです。
8編のお話
『太陽の上』は、短編集を手に取った人に容赦なく襲い掛かる1編目のお話です。
主人公は「あなた」。
到底経験したことのないようなことを「あなた」は本当にそこにいるような感覚で読み進めることになるでしょう。
『空を待つ』では偶然拾った携帯電話に送られてくる「あっちゃん」という人物からのメールにより、主人公が励まされていくお話です。
持ち主ではなく拾い主と怪しむことなくメールを交わす「あっちゃん」が何者なのか、読めばきっとわかります。
『甘い果実』は擬音の素晴らしさが際立っていると言っても過言ではないでしょう。
実在する作家である山崎ナオコーラと、作家志望である主人公のお話です。
登場するマンゴーは転がる際に「ロロロロロ」と音を奏でるのでした。
本作品のタイトルにもなっている『炎上する君』は、”女性”ふたりが足が燃えている男を追いかけるお話です。
空間のすべてが美しさで満ちている『トロフィーワイフ』、執着が過ぎたゆえにそれが愛から憎悪に変わってしまった『私のお尻』。
徹底的に参ってしまった者だけが迷い込める『舟の街』、他人と干渉し合わないことが傷つかないことだけれどそれが本当に幸せなのか考えさせられる『落下する風船』。
短編集なので気になったものから読むことも可能でしょう。
比喩の美しさ
『甘い果実』に登場するマンゴーが転がる音である「ロロロロロ」。
この短編集における変わった擬音や比喩のなかで一番異彩を放っています。
8編すべてにこうした”一見変わっているけれどそれ以外にここまでしっくりくる例えはない”ような比喩が登場します。
小説よりも詩に近いと先述しましたが、このような美しい比喩が特にそう感じさせるのでしょう。
知らない男性に声をかけられた女性の主人公の気持ちを、
迷子になった幼い頃、両親以外の大人に声をかけられたときのような気持ちになった。
男に対して恐怖を感じるより、ただただ、ぼんやりと、心もとなかった。
と表現しています。
ぱっと見てわかりにくい表現なのにも拘わらず、「両親以外の大人に声をかけられた迷子の自分の感覚」は意外と誰にでも想像できる、あるいは思い出せるものなのです。
西加奈子という人はそういった、人が持つ不思議な感覚を器用に文字に出来る作家なのでしょう。
舟の街
8編中個人的にもっとも好きな作品であるのが7編目の『舟の街』です。
精神的に参ってしまった人が街を歩いていると偶然たどり着く、それが舟の街でした。
『太陽の上』と同じで主人公は「あなた」です。
なにもかもに徹底的に疲れ途方に暮れた「あなた」は舟の街を目指して歩き、電柱のプレートに「ふね一丁目」と書かれているのを見つけます。
家も食べ物も、欲するものがすべて、いつの間にか手元にある。
自分以外の人も好きなように生きていて、過度な干渉や傷つけ合うこともありません。
そんな快適な街で「あなた」は自分を取り戻します。
主人公のように途方に暮れたときに読むと少し楽になれる、そんなお話でした。
『炎上する君』を読んだ感想
西加奈子の本をこの短編集以外に読んだことがないので、ほかの作品と比べようがありませんが、わたしは一冊目がこの作品でよかったと強く思います。
名前だけは聞いたことがある作家の初めて読む作品が素敵なものだと、ほかにはどんなものを書いているのだろうと興味を持つからです。
そして今まで読まなかった作家の本に手を出し、世界と視野が広がります。
特に短編集などは手を出しやすいので、わたしと同じように西加奈子の本を手に取ったことがない人にはぜひ読んで貰いたいと思いました。
ページ数に見合わない質
全体で約200ページという、あっという間に読めてしまうページ数にも拘わらず読了後の満足感は凄まじいものです。
ひとつひとつのお話のカロリーが高めなことと、西加奈子の圧倒的な表現力がそうさせるのでしょう。
逆に軽い気持ちで手に取ったならば、後悔するかもしれません。
中身の意外な重さを知って……。
幻想に潜むリアリティ
いくら幻想的で空想的であっても、上手い具合にリアリティを落とし込むことが出来たらそれはもう現実となるのです。
この短編集はどのお話も、設定は現実的ではありません。
自分のお尻を他人に預けそれを見ることができる、疲れ切った人が街をさ迷っていると普通の人は行けない街に迷い込む、ストレスをため込むと体が膨れ浮く。
けれどそこには必ずリアリティが付きまといます。
お尻への人間らしい愛憎、迷い込んだ先の街で各々好きなように過ごす人々、体が膨れ終いには空に消えていくことが自殺だと考えられること。
このように西加奈子はただ幻想的で空想的な物語を創ったわけではなかったのです。
社会風刺的に捉えられるのも、現実味を帯びている要因のひとつでしょう。
解説から見る西加奈子
冒頭でも書いた通りわたしは又吉直樹が紹介、絶賛する本に多大な信用を抱いています。
そしてこの短編集の解説は又吉直樹が書いています。
絶望するな。
僕達には西加奈子がいる。
又吉直樹は解説をそう締めくくっていました。
わたしが又吉直樹を信用すると同時に、又吉直樹は西加奈子を信用していたのです。
それがわかったとき、わたしは西加奈子に対して信じる以外に抱く感情がありませんでした。
解説のなかで又吉直樹はひとつひとつの編について慈しむように愛でるように想いを語っています。
その解説を読むだけでも、価値があるのではないかというくらいこの短編集は”完璧”なのです。
『炎上する君』はどんな人におすすめ?
幻想的で、だけどそこには確かにリアリティがある。
それがこの短編集を表現するのに相応しい表現な気がします。
主人公はどこにでもいる人間だけれど、その主人公たちが経験することはどれも空想的で痛いほど美しいのです。
それでいて主人公や読者の背中を軽く押してくれるので、元気を貰えることもあるでしょう。
それを踏まえておすすめしたい方は、
- 西加奈子の本を読んだことがない人
- 変わらない毎日に疲れている人
- 小説における美しい比喩表現が好きな人
などなどです。
おわりに|世界に愛された彼女たちの背中を押すのは……
西加奈子に、西加奈子の書く文章に、少しでも興味を持ってもらえたならば光栄です。
どの作品も主人公と読者の距離がとても近いので感情移入がしやすいことも、この短編集の特徴です。
各話の世界は差はあれど疲れているわたしたちを励まし、また明日も生きて行こうと囁きかけてくれるのでした。
幻想的で空想的な世界観は少しのリアリティを入れることでこんなにも身近に感じることができるのだと、わたしは思いました。
一度読み終わっても、疲れたときにまた手に取りたくなる、まさに心の薬と言えるでしょう。
著:西 加奈子
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