大事な人を亡くしたとき、あなたはどうしますか?
まだそんな経験がない人でも、そこから立ち直ることがいかに難しいかは容易に想像ができるでしょう。
ずっと立ち直れずに、死んだ大事な人の温度を探して、そうしていたらついに生と死の淵へたどり着くかもしれません。
死んだ大事な人にダメだと言われて生きている大事な人たちに止められたとき、あなたは素直にこちらへ戻って来られますか。
勇気を振り絞って明るい未来へ向かうことはできますか。
死んだ大事な人がほんとうに願っていることはなんなのか、きちんと理解できるといいと、私は思います。
著:桜庭 一樹
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『無花果とムーン』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | 無花果とムーン |
著者 | 桜庭一樹 |
出版社 | 角川 |
出版日 | 2016年1月25日 |
ジャンル | SFファンタジー |
外界から孤立したような田舎町に住む女子高生の主人公は、ある夏の日、最愛の兄を亡くします。
そのことをきっかけにはた目から見れば少しずつおかしくなっていく主人公でしたが、不思議な夢を見た次の日、兄にそっくりな男の子と出会いました。
周囲にどう言われようとも死んだ兄への愛を止められない主人公は、ついに生と死のあいだ……奈落の淵に立ち尽くします。
『無花果とムーン』のあらすじ
無花果町という田舎町に住む主人公、月夜(つきよ)は18歳の高校3年生です。
夏の日、月夜のひとつ上の兄のお葬式が始まるところから物語は幕を開けました。
最愛の兄が死んだことを受け入れられない月夜は、それが原因で父や8つ上の兄、クラスの友人たちとも険悪になってしまいます。
月夜だけが死んだ兄の気配を感じることができ、周囲との溝は余計に深くなってしまう一方でした。
しかし町で行うあるフェスティバルの準備のために訪れた男の子との出会いが、月夜を明るい未来へ導いていきます……。
無花果町に住む、やさしい人たち
主人公月夜には、父とふたりの兄がいますが、だれとも血は繋がっていません。
月夜はいわゆる、もらわれっ子なのでした。
高校3年生の女子にしては高い171センチもある身長と長い髪、そしてなんといっても紫の瞳が特徴的な、あとはごく普通の優等生です。
物語開始前に19歳で死んでしまった兄の名は奈落(ならく)といい、同じく高身長で女子から人気を集める、けれど本人は至極ひょうひょうとしているような男の子でした。
父が突然家族に迎え入れた月夜を大事な妹として扱っていたようです。
もうひとりの兄は一郎(いちろう)で、彼は月夜の8つ上です。
月夜いわく天才的現実主義者でいて、そしてやり手の銀行マンでした。
月夜を拾った張本人の父は小学校の教頭先生で、町でもいい人と評判です。
家の外には奈落の親友である高梨や奈落の彼女だった美少女のイチゴ、月夜のクラスメイトが数人、いました。
頼もしき、ぼくのパープル・アイ!
奈落は生前、大事な妹のことをよく「ぼくのパープル・アイ」と呼んでいました。
家族以上の愛で繋がれていたような月夜と奈落は、いつでもいっしょです。
空地で遊ぶときも、片方が死んでいなくなってしまってからも。
奈落は死ぬ直前、月夜になにかを伝えようとしていました。
「ぼく、ずっと、月夜に言いたかったことがあるんだ」
ついにその言葉の続きを告白することなく、奈落はこの世を去ってしまいます。
月夜はその続きが知りたくて、その日生まれた”秘密”をだれかに知ってほしくて、ただひたすら死んだ奈落の気配を探し続けるのでした。
月夜は、奈落のことがえいえんに大好き。
無花果町には毎年夏になると〈無花果UFOフェスティバル〉の設営のため、いろんなところからトレーラーハウス暮らしの人たちが集まってきます。
安定した家を持たないその人たちはそうやってゆく先々で仕事をして稼いでいるのです。
奈落が死んだこの年も変わらずたくさんのトレーラーハウスに乗っていろんな人たちが無花果町に集まりました。
前日に不思議な夢を見た月夜はその人たちのなかに、奈落そっくりな男の子を見つけます。
密(みつ)、という異国語を話す男の子でした。
奈落よりは少し鋭い目つきの密は、兄を亡くしたという月夜のことを気にかけ遊び相手になってくれたりと、心根はやさしい男の子でした。
そんなある日、密が持っていた飲み物を飲んだことがきっかけで、月夜は大好きな奈落の死について衝撃の告白をしてしまいます……。
『無花果とムーン』を読んだ感想
少し長めのお話ですが、半分を過ぎたあたりから読む手が止まらなくなります。
真相も難しくはなく、慣れた読者ならば結末を読むことも可能でしょう。
それでも、月夜が奈落を想う激しい気持ちは読んでいて飽きがきません。
成人前の、もらわれっ子の、家族で唯一の女の子。
これぞ桜庭一樹の世界といった一冊でした。
桜庭一樹ワールド、全開
先ほど述べたように、この物語は桜庭一樹ワールドが全開です。
18歳にしてはたどたどしく幼い語り口で進む、ひとりの少女のお話。
どこの血を引いているかもわからない、紫の瞳と鋭い牙を持つ美少女の月夜。
この子が主人公だと聞いた瞬間、桜庭一樹を好きな読書家なら「ああ、なるほど」と思うことでしょう。
荒野にぽつんと存在する無花果町、そこで行われる〈無花果UFOフェスティバル〉。
死んだ大好きな兄やトレーラーハウスに乗って町へやってきた兄そっくりな男の子。
そこに隠されている真実がちらちらわかってしまう展開……桜庭一樹好きならば読んで損はないと思います。
ハッピー・エンドに向かって
無花果町という個性的な舞台で個性的な登場人物たちが織り成す物語は、果たしてきちんとハッピーエンドなのでしょうか。
大事な妹にきちんと言い遺せずに死んでしまった奈落は?
大好きな兄が死んで心がふわふわと漂う月夜は?
そんな家族を見守る不器用な父ともうひとりの兄は?
生者を癒せるのは生者しかいませんし、死者を弔えるのも生者しかいません。
だからこそ、生者はきちんと死者を思い出し悔み、そして悲しむことが求められるのでしょう。
いつまでも悲しんでいたら死んだ人が浮かばれない、という言葉をよく耳にしますが、遺された者が気が済むまで悲しむこともまた、きっと大事なのだと思います。
とくべつな少女たち
桜庭一樹が創る物語に登場する少女たちは、いつもどこか特別なところがあります。
『私の男』、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』、『少女には向かない職業』、『少女七竈と七人の可愛そうな大人』……。
どれも主人公は少女ですが、みんななにか大切なものが欠けていました。
例に漏れず、本作品の主人公月夜もまた、そうなのです。
欠けているからこそ光るもの、魅力。
そんなものに気づくことができたならきっと、桜庭一樹の世界をより一層理解できるに違いありません。
『無花果とムーン』はどんな人におすすめ?
少し仄暗いお話ですが、月夜の語り口調が甘ったるいおかげで始終絶望的な雰囲気はありません。
しかしその語り口調のせいで余計に不安を煽られたりしてしまうことはあるでしょう。
それでも主人公月夜と同じくらいの年の少女たちに、私はおすすめしたいと思っています。
そのほかにも、
- 大事な人を亡くしたばかりの人
- 桜庭一樹の世界に入り込みたい人
- 変わったSF&ファンタジーが読みたい人
などにも読んでいただきたい作品です。
おわりに|奈落の淵に立つ月夜、会いたい人はかえってこないけれど……。
月夜はもう18歳なのに、中身はまだまだ幼い女の子でした。
それはもらわれっ子だということや、父とふたりの兄との生活や関係があってのことです。
そのすべてが吹っ切れたなら、月夜はきっと素敵な女性に成長すると思います。
奈落のパープル・アイはいずれ大人になり、月夜がえいえんに大好きな兄はずっと19歳のまま……。
また出会う日にはきっと、ふたりはいつかの18歳と19歳になって、ただの兄妹になって、家族になって、失った日々を取り戻すことでしょう。
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