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『魯肉飯のさえずり』感想|台湾出身作家・温又柔が描く母娘の痛くも優しい物語

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「自分自身をないがしろにしながら人様のことを大事にしようだなんて、そんなの出来っこないのよ。」 

今回紹介するのは、第37回織田作之助賞を受賞し話題になった小説『魯肉飯のさえずり』です。

”普通”という言葉に縛られた社会で、生きづらさを感じながらも、一生懸命に生きる人々が描かれています。強くて明るい登場人物たちに、自分も何かちょっとずつでも頑張ってみようと勇気をもらえる作品です。 

ちなみに読み方がわからない人も多いのではないでしょうか。

答えは“魯肉飯”です。

魯肉飯を知らなかった人も、既に魯肉飯が好きな人も、もれなく読後には魯肉飯が食べたくなりますよ!

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『魯肉飯のさえずり』の概要

出典:Amazon公式サイト

タイトル魯肉飯のさえずり
著者温又柔
出版社中央公論新社
出版日2020年8月25日
ジャンルエッセイ

著者の温又柔さんは台湾出身の方です。

作中の台湾の描写は瑞々しく、果実から食事まですべてが魅力的です。

私は台湾語も中国語もほとんどわかりませんが、雪穂や叔母たちがさえずる口調が耳に聞こえるような気がするくらい、楽しそうな様子がありありと想像できました。

『魯肉飯のさえずり』のあらすじ

基本的な登場人物は以下の3名です。

  • 柏木桃嘉:日本と台湾のハーフ 大学卒業後すぐに結婚し専業主婦をしている
  • 柏木聖司:桃嘉の夫であり、商社に勤める所謂エリート
  • 深山雪穂:桃嘉の母親 結婚を期に日本へ移り住む

今作品は5章に渡って構成されており、娘桃嘉の視点と母雪穂の視点が、章ごとに交互に描かれています。

簡単にあらすじを説明していきます。

結婚生活

結婚してもうすぐ1年という頃、既に桃嘉は聖司との結婚生活に圧迫感を感じていました。

それが顕著に表れるのは、桃嘉が台湾育ちの母から教えてもらった思い出の料理”魯肉飯”を作ったときのこと。

普通の料理の方が良い、日本人の口には合わないと一蹴されてしまいます。また、仕事に就きたいと伝えても”そんなこと”と真面目に聞いてもらえず、隠れて浮気もしている様子。

内面を全く見ようとせず、見る必要性すら感じていなさそうな聖司との生活は、桃嘉の心身を擦り切れさせていきます。

ついに耐えられなくなり浮気を問い詰めますが、それに対しうすら笑いを浮かべる聖司。

全てが億劫になった桃嘉は、友人の茜と一緒に、母の故郷台湾へ旅行へ行くことを決めます。

異国での子育て

当時の雪穂は、小学六年生の娘桃嘉との関係に悩んでいます。 

中学受験と学芸会の予定が重なり、忙しさからあまりご飯を食べなくなってしまった桃嘉。心配から口うるさくなってしまう雪穂に、鬱陶しい素振りを見せます。

 いくら鬱陶しがられても、桃嘉の為を思い、慣れない日本語で一生懸命コミュニケーションを取り、サポートする雪穂。

しかしある日、桃嘉から”台湾の具材ではなく梅のおにぎりが良い””受験の面接は父親にも付き添って欲しい”と言われたことにショックを受け、自分が台湾人だから良い母親になれないのか、日本人だったら良かったのにと涙を流します。

夫の言葉や故郷の母親との電話に元気づけられ、反省した桃嘉からは面接に付き添って欲しいと頼まれたため、受験会場には雪穂と桃嘉のふたりで臨みます。

精一杯頑張ったふたり。帰り道、雪穂は結果がどうであろうと、今後どんなことがあろうと、桃嘉は自分にとってタカラモノであることを強く思います。

台湾旅行

茜と台湾へ来た桃嘉は、母の実家へ向かいます。

1人で訪れるのは初めてのことでしたが、祖母や伯父伯母、雪穂の姉たちがおかえりと迎えてくれる光景に、懐かしさと喜びを感じます。

伯母たちは父が結婚の挨拶に来たときのことや、母が日本への移住を決めた時の衝撃を楽しそうに話してくれます。それを聞きながら自分と聖司の関係を思い出し、様々な感情が込み上げる桃嘉。

特に日本が台湾を手放した時期、日本人に対し「わたしは日本人ではありません。」と言い放った祖母のエピソードは、桃嘉にとって強く印象に残りました。

日本社会に適応しようと苦しんでいた自分の、半分台湾人というアイデンティティに誇りを取り戻します。

「夫婦としてやっていくのに最も重要なのは、妻が言いたいことをなんでも言えること。」

伯母たちの言葉を胸に、帰国後聖司ときちんと話し合うことを決意します。

『魯肉飯のさえずり』を読んだ感想

”ママがずっとわたしの恥部だった”という、帯の言葉にぎょっとし、少し身構えながら読んだ結果、良い意味で予想を裏切られました。

あらすじの後、桃嘉と聖司はどのような結末を迎えるのか、ぜひ読んで確認していただけたらと思います。

あつかわれているテーマは決して軽いものではなく、深く考えさせられる内容ですが、

非常にあたたかく前向きな気持ちになるラストです。

聖司のような生き物

一章を読み終わった時点で挫折しようかと思うくらい、読んでいて苦しいものでした。

 浮気しておいて行為を無理やり迫るなんて最低!

そんな言葉じゃ言い表せない程、聖司の言動には嫌な気持ちになります。

浮気や乱暴以外にも、“かわいくて穏やかな妻“という理想を押し付け、人として扱わず、桃嘉の気持ちに寄り添う意思がありません。

 特に印象に残っているのが、乱暴を謝る際に「色っぽかったから仕方がない」と言うシーンです。まるで桃嘉がそれを聞いて喜ぶと思っているかのような言い方に鳥肌が立ちました。

 しかし聖司のような人は珍しい存在でしょうか?

答えは否だと思います。どこにでもいる、偏見が骨にまで染みこんだ、悪気なく失礼な人。

自分もこういったことを人にしないように気を付けよう、そう思うことでしか、この章は読み切ることが出来ませんでした。

母の偉大さ

二章の雪穂の尊さを感じるほどひたむきであたたかい愛情には、一章で挫折しなくて良かったと思わされました。

 異国で初めての子育て+専業主婦なこともあり、他に相談できる人もいない不安定な環境を支えるのが、何があっても揺るがない桃嘉への強い愛情です。

思春期真っただ中という、ただでさえ親子のすれ違いが生じる時期に、自分の想いを上手く言葉で伝えられないもどかしさが加われば、その辛さは想像以上でしょう。

それでもあきらめず良いい母を目指す雪穂の母親としての姿に、何度読んでも涙を誘われます。

自信を持って生きること

この作品のテーマの一つに、“自信を持って生きること“があると感じました。

桃嘉は就職活動で自信を失い、逃げ道として選択した結婚でさらに自信を失わされます。

しかし自分で職を見つけ、離婚を選択し、中国語を学び始めるラストには、これまでの桃嘉とは別人のように生き生きと描かれていました。

また、雪穂は日本語がうまく話せず、娘と思ったようにコミュニケーションが取れないことに母としての自信を失いかけますが、物語の最後の最後までゆるぎなく桃嘉を愛する母親を全うしました。

 雪穂の姉たちも含め、自分に自信を持ってしなやかに生きる女性は、この作品を彩る一つの大きな要素です。

「諦めず立ち向かうこと、時には自分を大切にして逃げること、どちらが正解ということはなく、自分に誇りを持って生きていける選択をしよう。」

そんな作者からのメッセージがあるように感じます。

『魯肉飯のさえずり』はどんな人におすすめ?

『魯肉飯のさえずり』はこんな人におすすめです。

  • 台湾が好きな人
  • ジェンダー問題に意識のある人
  • 世の中に生きづらさを感じている人

特に台湾に思い入れのある人にはぜひとも読んでいただきたいです。

私は読んだ後淡水へ行きたくなりました。

おすすめの読み方としては、まずはじっくり世界観に没入しながら読んでみる、そして魯肉飯を食べながら再度読み直す方法です。

日本人でも美味しく食べることが出来る素敵な料理ですよ。

おわりに

著者の温又柔さんは、インタビューにて「日本とは何か、ふつうとは何か。それをずっと問い続けている。」と語っています。

その言葉通り、”日本社会”の”普通”に悩まされ追いつめられ、それを何とか克服する主人公が描かれていました。

自分にとっての“普通の感覚”が誰かを無意識に傷つけていないか。”普通”を決めつけて自分を必要以上に追い詰めていないか。

少し立ち止まって考えたい人に読んでいただきたい一冊です。

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