世界は広い、とはよく言いますがあまりピンとこない人も多いのではないでしょうか。
わたしもそのひとりで、この本はそんなわたしに世界の乱雑さと美しさ、そしてそれがいかに狭いかを教えてくれました。
ひとつのお話がたったの10ページ前後、そのため話数は21と少し多めです。
この一冊でありとあらゆる人生の、そのなかでも本人にとっては鈍く光って一生忘れられないような出来事だけを覗き見ることができました。
これを読んだあなたはひとつのお話が終わるごとに頭が空っぽになることでしょう。
著:香織, 江國
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『つめたいよるに』の概要
出典:Amazon公式サイト
タイトル | つめたいよるに |
著者 | 江國香織 |
出版社 | 新潮社 |
出版日 | 1996年05月29日 |
ジャンル | 非日常系 |
21話という話数のわりにささっと読めてしまうのはひとつが10ページ前後という短さだからでしょう。
登場人物は都度変わりますのでこれといった一貫性はありません。
ただひとつだけ、共通しているものと言えば暗くも明るくもない不思議な出来事を綴っているということだけです。
『つめたいよるに』のあらすじ
話数が21もあるので、ここでは共通しているものについて書きたいと思います。
たとえば登場人物はみんな、どこにでもいる普通の人間です。
それは幼い少年少女であったり未婚の、または既婚の男女であったりとしますがごく一般の人間であることに変わりはありません。
そんな人間たちが日常を過ごすなかでふと感じる非日常感をしたためたものであるということが、本作のお話すべてに共通するところです。
日常に潜む不気味な非日常
みなさんも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日を過ごしながら、そのなかで少しいびつな思い出が。
本作では老若男女のただ普通の日常を書くのではなく、そういった特別な思い出をピックアップするように書かれています。
ほのぼのとはまた違った、非日常系の小説と言えばいいのでしょうか。
江國香織にしか書けない美しい世界のゆがみ
日常と非日常、それは表裏一体で、美しさというものもまた裏を返せば醜さやゆがみといったものになり得ます。
江國香織はごく普通の日常をまるで宝石のようにきらきらと輝かせることができる小説家です。
そんな彼女が非日常を書いてみれば、そこには美しさはもとよりゆがみ、それも永遠に鈍く光る宝石が残ることでしょう。
ゆがんだ非日常とはただ単に居心地の悪いものを書けばいいというわけではありません。
人の心に在り続けようとするならばそこに必要なものは呪いです。
江國香織は、これからも本作を通じて登場人物と読者に平等に、美しい呪いをかけるのでしょう。
デューク
本作のお話のひとつ目は、『デューク』というタイトルです。
デュークという飼い犬を亡くした女性が、翌日とある若い男性と出会い一日を過ごし、別れるだけの物語。
男性はうれしそうにたまご料理を注文し、おもしろそうに落語を聴き、最後にキスをします。
デュークと、同じように。
このお話は本作で唯一不気味さを感じさせないものではないでしょうか。
けれどほのぼのというわけでもない、無機質的な冷たさがあるお話です。
わたしも犬を飼っているからでしょう、このお話に特別な感情を抱いてしまうのは……。
『つめたいよるに』を読んだ感想
ひとつひとつのお話が軽いようで重たく、そしてどことなく不気味なので通して読むことは難しいと言う人もいるかもしれませんし、わたしもそうでした。
けれど読了後はきっと永遠に心の中で生き続ける、そんな作品です。
ずっと心に残る作品
もちろん人によりけりなのでしょうが、読んだ多くの人の心に残り続ける作品だと思います。
それはいい意味でも悪い意味でも。
たとえばぐっときたり泣けたり、大笑いをしたりした作品は心に残りやすいのかもしれません。
しかし本作は書いてきたとおり決してそのような作品ではありませんし、まして長編ですらないのです。
すべてが10ページ前後の短いお話で、ここが心に残ったなどと断言できるものも少ないです。
それでも人間や日常の小さな闇をもってして読者の心を軽く抉り、痕を残していく……本作はそういった作品でした。
平行線の結末
21のすべてのお話に、これといった特別なオチはありません。
感動的な、または衝撃的な結末は迎えずに、平行線の状態で終わります。
きっと不完全燃焼だと思う読者もいることでしょう。
え?おわり?と。
けれど日常に潜む不気味な非日常だと思って読んでみれば、その考えは変わることと思います。
その非日常は登場人物の、あくまで日常ですから、ベストな終わり方なのです。
『つめたいよるに』はどんな人におすすめ?
非日常、不気味、いびつ、鈍く光る宝石、そして呪い……そういった言葉を並べてきました。
それらからわかるとおり万人受けされる作品ではないのかもしれません。
それを踏まえたうえで、わたしはこの作品をみなさんに読んで欲しいと思います。
そして可能であれば、なにに、なにが、なぜそう感じたのかという疑問を問いかけてみたいのです。
人の心は千差万別ですし、だからそこそそれを知りたいと思うのでしょう。
けれどあえてこんな人におすすめ、と言うのであれば、
- 不気味な日常が好きな人
- 少し重めの短編が読みたい人
- 続けて読む集中力はないけれど手軽さよりも内容を重視したい人
などにおすすめです。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
読者に呪いを与える、江國香織が創るその無数の世界。
いつかこんな体験をしたなあと思うこともあれば、遠い未来こんな体験をするのだろうかと思わされることもあります。
都度変わる登場人物はもちろんみんな他人ですが、一方ですべてがひとりの人間の人生のようにも見えてなんとも言えない気分にもなります。
江國香織にしか創れない、まるで心地の悪い夢でも見ているかのような感覚が味わえるこの作品をぜひ読んでみてください。
著:香織, 江國
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